３１章「イタリー・・船乗りシンドバッド」

シャトー・ディフの牢獄から脱出し、しかも戸籍上は存在しない身分になっていることを確認し、ファリア司祭から受け継いだ薀蓄（うんちく）と、莫大な富を後ろ盾に、モレル氏を苦境から救ってはや九年が経過していた。ここから新たにイタリヤのローマに遊ぼうとするアルベールとフランツによる物語が展開されていく。ローマの祭までの期間ナポリに行ってしまったアルベールはさておき、フランツが滞在中のフィレンツェから近所の島々に狩に遊び、思いがけなく船乗りシンドバッド名乗る人物と出会うエピソードが紹介される。フランツは船乗りシンドバッドの人物像をたくみに描く役割を演じる。

目次

３１（１）フランツの島遊び　 2-31-1-1西暦１８３８年の初頭、フィレンツェに、パリの上流社会に属する二人の青年が滞在）していた一人は子爵アルベール・ド・モルセール、他の一人は男爵フランツ・デピネーだった。二人の間にはその年の謝肉祭を、いっしょにローまで過ごそう、そしてフランツは、もう四年近くもイタリーに住んでいることだし、アルベールの案内を務めようという話がきまっていた。

３１（２）海賊の存在論議　 2-31-2-29「そりゃあ御前のお思いちがいで。山賊が法王レオ十二世さまのおかげで根絶やしになっていながら、毎日、ローマの入口まで出てきて旅人をおびやかしているのと同様、海賊だってちゃんといるんでございますよ。

３１（３）船が姿を消す理由　 2-31-3-12とうとう船は最後のうめきをあげて、最後に『ぐるり』と一転すると、深い海に大きな『じょうご』なりの凹みを作って、もぐって行ってしまいます。その凹みもしばらく渦巻いておりますが、それもだんだん凹みがなくなり、見えなくなってしまいます。したがって、五分もすると、しずかな海の底に姿を消した船をさがし出そうと思ったら、神さまのお眼でも借りなければだめということになるわけでして。

３１（４）モンテクリスト島　 2-31-4-15だが、突然、一つの大きな光が岸にあらわれた陸が雲に似ることはあっても、その火はまさしく流星ではなかった。「あの光はなんだろう？」と、フランツはたずねた。「しっ！」と、船長が言った。「火ですな」。「でも、無人島だと言ったじゃないか！」。「つまり、きまった住民がいないと申しあげたまでなのでして。でも、密輸入者のやすみ場所になっていると申しあげておきました」。「それに海賊たちの！」。

３１（５）先客はスペイン人　 2-31-5-17しばらくすると、ガエタノは、抜き手をきって船に戻った。「で？」。フランツと四人の水夫は、口を揃えてこうたずねた。「どうだったかって？」と、彼は言った。「スペインの密輸入者でさ。ただ、コルシカ人の山賊二人もいっしょでしたよ」。

３１（６）ガエタノの偵察報告　 2-31-6-18「ではと！密輸入者たちと山賊たちのおせわになりに出かけるかな、」と、青年は言った。「承知してくれるかしら？」。「いたしますとも」。「幾人いるんだ？」。「四人（よにん）でございます。それに、山賊が二人おりますから、つごう六人」。「ようし！ちょうどこっちと同じ人数だ。向こうの出かたが悪くても、力にすれば五分と五分だ。やっこさんたちを取っておさえつけることもできよう。では、いよいよモンテ・クリスト島へ出発だ」。

３１（７）返事は「サコモディ」　 2-31-7-28水夫たちには、その言葉をくり返させる必要がなかった。櫂を四たび水に入れただけで、船は陸に着いた。ガエタノは岸に飛びおり、なおも二言三言低い声で見張りと語った。仲間は次から次へと船からおりた。そして、フランツのおりるばんが来た。彼は自分の銃の一挺を背中に、他の一挺をガエタノに持たせ、水夫の一人に騎兵銃を持たせていた。彼の服装は芸術家らしく、また伊達男とでもいうようだった。

３１（８）晩餐への招待　 2-31-8-23「どうだったい！」と、彼はたずねた。「どうかしたのか？ことわられたのかい？」。「大ちがい」と、ガエタノは言った。「あなたがフランスの方だっていうことを『かしら』に話しましたら、ごいっしょに晩餐をしたいと申しますので」。「どうしてどうして」と、フランツは言った。「その『かしら』というのはなかなかひらけた男じゃないか。ことわる理由は僕にはないね。むしろ、こっちから自分の分を持って行こうや」。

３１（９）大金持ちのかしらの情報　 2-31-9-34「そんなことはなんでもありませんや」と、水夫は言った。「あの連中の乗る船なら知っておりますよ」。「りっぱな船かい？」。「御前も、世界一周をなさるときには、ぜひ、ああしたやつをお持ちになるんですな」。「どのくらいの大きさだね？」。「百トンくらいもありましょうか。もっとも、それは遊山船で、イギリス人がヨットといってやつでございますよ。だが、雨風に会っても『びく』ともしないようにできてますんで」。

３１（１０）よくおいででした　 2-31-10-33やがて、空気の変化で、地下道にはいったことがわかった。しばらく歩いて行くともの音が聞こえた。ふたたび空気のようすが変り、生温かく、好い匂いがしてくるような気がした。遂に足が厚い軟らかな『じゅうたん』にふれたように思った。案内者は手を放した。あたりはしばらくしずかだったが、やがて、外国なまりはあるにしても、流暢）なフランス語でこう言う声が耳にはいった。

３１（１１）船乗りシンドバッドとアラジン　 2-31-11-17「いや、御主人、」と、フランツは答えた。「そうしたお言いわけを承わるにはおよびません。ふしぎな宮殿にはいる人間は、眼をかくすべきだということを心得ております。『ユグノー』（マイエルベールの歌劇）のなかのラウルがそうではありませんか。それに、なんの不平がありましょう。お見せくださる何から何まで、『アラビヤン・ナイト』に出てくるようなふしぎなことのつづきですから」。

３１（１２）アリは買われた男　 2-31-12-25わたしは、以前からオシ（ものが言えない人）を使いたいと思っていましたので、彼が舌を切られるのを待って、王のところに出かけて行き、その前日、王が大いにほしそうだったみごとなニ連発銃と交換してくれまいかと持ちかけました。王はしばらくためらっていました。どうしても、この男を殺してしまおうと思いさだめていたのでした。

３１（１３）いつかはパリに　 2-31-13-27「近くお出かけのおつもりですか？」。「わかりません。まだはっきりしていない事情次第で」。「お出かけの頃、パリにおりたいものですな。モンテ・クリスト島でのこれほど手厚いおもてなしにたいして、およぶかぎりの御返礼をしたいと思いますから」。「お言葉に甘えたいのはやまやまですが、」と、主人は言った。「残念ながら、まいるにしてもたぶん『こっそり』まいるでしょう」。

３１（１４）幸福のそばを通りながら　 2-31-14-24フランツは、相手がそれを味わいおわるのを、黙ってながめつづけていた。だが、相手がどうやらわれに返るのを見て、「いったい、それほどありがたいものの正体と申しますと？」と、たずねた。「あなたは《山のおやじ》のことをお聞きになりませんでしたか？」と、主人はたずねた。フィリップ・オーギュストを暗殺させようとした男ですが」。

３１（１５）初物の味について　 2-31-15-17フランツは、返事をするう代わりに、このすばらしい『ねりもの』を一匙、主人の取ったくらいすくいあげ、それを口のはたへ持って行った。「や、これは！」と、彼は、この効験あらたかなジャムを呑みこんでから言った。「あとになって、おっしゃるほどの愉快になれるかどうかは知りませんが、うけたまわったほどうまいもののようにも思われませんが」。

３１（１６）翼で一日の世界一周　 2-31-16-35彼は、水夫たちの歌う唄、譜に写し得るものならば、その清らかな音色を写すことができるであろうと思われるほど朗々と響きわたる唄の間に、モンテ・クリスト島が、そのおびやかすような姿を波上に見せている岩礁としてではなく、砂漠の彼方にただ一つのオアシスのようにあらわれてくるのを見たのだった。そして、船が近づくにつれ、唄声は、いよいよ賑やかになっていった。

３１（１７）ハシッシュの幻覚　 2-31-17-13彼には、三つの立像が、その三つの愛を一つにあわせて、ただ一人の男に迫ろうとしているように思われた。しかも、その男とは、とりもなおさず自分自身にほかならなかった。彼には、そうした女たちが、いま、足を長い白い衣に包み、胸もあらわに、そして髪を波のように振りみだしながら、もしも昔の神々だったらそのために身を誤り、ただ聖者たちのみよくこれに堪え得たであろうと思われるような姿をして、鳥をねらう蛇とでもいったように、燃えさかる不屈な眼差しを光らせ、彼がふたたび夢路にはいりかけていたベッド近くに歩みよってくるもののように思われた。

次へ

引用者：2016/5/9、9/12-19　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書