３１（９）大金持ちのかしらの情報

2-31-9-1「目隠（めかく）しをなすって、彼が取れというまで、それをお取りになってはいけないというので」。2-31-9-2フランツは、その提議（ていぎ）の底意（そこい：したごころ）を知るために、ガエタノの眼のなかを読もうとした。2-31-9-3「いや、まったくは無理（むり）のないことで。2-31-9-4『とっくり』お考えになってごらんにならないといけませんな」と、ガエタノは、フランツの心（こころ）のうちを見て取って言った。2-31-9-5「お前だったらどうするね？」と、フランツが言った。2-31-9-6「わたしだったら、とられるものもありませんし、出かけますな」。2-31-9-7「承知（しょうち）するというわけだね？」。 2-31-9-8「ええ、珍（めずら）しいというだけでも」。2-31-9-9「すると、その『かしら』の家には、なにか変ったものがあるというのか？」。2-31-9-10「ま、お聞きください」と、ガエタノは声を低めて言った。2-31-9-11「人の噂がほんとうかどうかは存じませんが・・・・」。2-31-9-12彼は口をつぐんで、誰か聞いてはいないか見まわした。2-31-9-13「で、どんな噂だ？」。2-31-9-14「その『かしら』というのは、ピッティ宮殿（きゅうでん：フィレンツェにあるメディチ家の邸宅跡）などくらべものにならないくらいな、地下室に住んでいるそうでして」。 2-31-9-15「夢みたいな話だな！」と、フランツはふたたび腰をおろしながら言った。2-31-9-16「どうしてどうして、夢ではないんで」と、船長はつづけた。2-31-9-17「本当（ほんとう）のことでございますよ！2-31-9-18サン・フェルディナン号の舵手（だしゅ）が一度（いちど）はいったことがありますそうで。2-31-9-19あんな財宝（ざいほう）はお伽噺（おとぎばなし）のなかにしきゃないなんて言いながら、びっくりして出てきました」。2-31-9-20「なあんだ！」と、フランツは言った。2-31-9-21「そんなことを言って、僕をアリ・ババの洞窟（どうくつ：『アラビヤン・ナイト』のなかの話）に入れさせようとでもいうわけかね？」。 2-31-9-22「そういうことだと、ただ申しあげているだけなので、御前」。2-31-9-23「では、承知するようにとすすめるわけだな？」。2-31-9-24「いいえ、そう申しはいたしません！2-31-9-25お心まかせでございます。2-31-9-26こうした場合、意見（いけん）なぞは申しあげたくございませんから」。2-31-9-27フランツはしばらく考えていた。2-31-9-28だが、それほど金（かね）のある人間が、まさか数千（すうせん）フランの金しか持っていない自分に仇（あだ）をするはずもないだろうことがわかってきた。2-31-9-29それに珍味佳肴（ちんみかこう）をならべた晩餐のことも心に浮かんではなれなかったことなので、とうとう承知することにした。 水夫の情報 2-31-9-30ガエタノは、返事をもたらすために出かけて行った。2-31-9-31だが、前にも述べたように、フランツは用心深（ようじんぶか）い男だった。2-31-9-32で、その不思議な、秘密につつまれた招待者（しょうたいしゃ）については、あらかじめできる限りの事実を知りたいと思った。2-31-9-33そこで彼は、自分がガエタノと話しているあいだ、いかにも得意そうに『しゃこ』の家をむしっていた一人の水夫の方（ほう）を振り向きながら、あたりには船らしいものも見えないが、あの連中はいったいなにに乗ってこの島にきたのだろうとたずねてみた。2-31-9-34「そんなことはなんでもありませんや」と、水夫は言った。2-31-9-35「あの連中の乗る船なら知っておりますよ」。 2-31-9-36「りっぱな船かい？」。2-31-9-37「御前も、世界（せかい）一周（いっしゅう）をなさるときには、ぜひ、ああしたやつをお持ちになるんですな」。2-31-9-38「どのくらいの大きさだね？」。2-31-9-39「百トンくらいもありましょうか。2-31-9-40もっとも、それは遊山（ゆさん）船で、イギリス人がヨットといってやつでございますよ。2-31-9-41だが、雨風（あめかぜ）に会っても『びく』ともしないようにできてますんで」。2-31-9-42「どこで造ったんだ？」。2-31-9-43「知りません。ジェノバ（本はジェノア）だと思いますが」。 2-31-9-44「では、どうしてまた、密輸入者の『かしら』が、ずうずうしく、自分の稼業（かぎょう）につかう船を、ジェノバの港でなんか造らせたんだ？」と、フランツはたずねた。2-31-9-45「あっしは、そのヨットの持ち主が密輸入者だとは申しませんよ」と、水夫が言った。2-31-9-46「お前は言わなかったが、ガエタノがそんなことを言ってたようだが」。2-31-9-47「ガエタノは、遠くからあの連中を見ただけで、誰とも口をきいたことなんかありませんや」。2-31-9-48「だが、密輸入者の『かしら』でないとすると、いったい何者というわけだね？」。 2-31-9-49「遊山（ゆさん）の旅をしておいでのお金持（かねもち）でさあ」。2-31-9-50説明がこうまちまちなところから見ると、その人物たるやいよいよ怪（あや）しいとフランツは思った。2-31-9-51「で、名前は？」。

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引用者：2016/9/15　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義