３１（１０）よくおいででした

2-31-10-1「名前をきくと、船乗りシンドバッドだって言うんですが、はたしてほんとの名前でしょうかね」。2-31-10-2「船乗りシンドバッド？」。 2-31-10-3「へえ」。 2-31-10-4「で、その人の住居は？」。 2-31-10-5「海の上で」。 2-31-10-6「国は？」。 2-31-10-7「存じません」。 2-31-10-8「会ったことがあるのかね？」。 2-31-10-9「時たまね」。 2-31-10-10「どんな人だね？」。 2-31-10-11「お会いになればおわかりですよ」。 2-31-10-12「で、僕とはどこで会おうというんだろう？」。 2-31-10-13「きっと、ガエタノがお話しした地面の下の宮殿（きゅうでん）でしょう」。 2-31-10-14「そして、お前は、ここに船を着けて、島に人（ひと）けのないのを見すまし、その不思議な宮殿にはいってみようなんて気を起さなかったのかね？」。2-31-10-15「起こしましたとも、御前」と、水夫は答えた。2-31-10-16しかも、一度や二度じゃあありません。2-31-10-17だが探してみてもだめなんでさ。2-31-10-18あっちこっちと洞窟（どうくつ）を見てあるいても、これぽっちの路（みち）もなかったんです。2-31-10-19それに、戸は鍵（かぎ）でなく、呪文（じゅもん）をとなえてあけるんだとかいうことでして」。2-31-10-20「これはいよいよ、『アラビヤン・ナイト』のなかに飛びこむんだな」と、フランツはつぶやいた。 2-31-10-21「御前がお待ちです」と、いう声が、彼のうしろで聞こえた。2-31-10-22見張りの者の声だということがわかった。2-31-10-23その男は、ヨットの乗組員二人をつれてきていた。2-31-10-24返事の代りに、フランツは、ハンケチを取り出すと、声をかけた男に渡した。2-31-10-25男は一（ひと）ことも言わず、ぶしつけにならぬようにと気をつけながら、フランツの目に目隠しした。2-31-10-26それが済むと、たといどんなことがあろうとも目隠しを取らないことを誓わせた。2-31-10-27フランツは誓った。2-31-10-28すると、二人の男は、彼の腕を左右（さゆう）から抱（かか）えた。2-31-10-29フランツは、こうして二人に導かれながら、見張りの後から歩き出した。 2-31-10-30三十歩（さんじゅっぽ）ばかり行くと、食欲（しょくよく）をそそる仔山羊（こやぎ）の匂（にお）いがだんだん強くなってきた。2-31-10-31露営地（ろえいち）の前を通っていることがわかった。2-31-10-32それから、いまになって初めて禁止の意味がわかったのだが、さっきガエタノが進んで行こうとして止められた方角（ほうがく）へ向かって、さらに五十歩（ごじゅっぽ）ばかり歩かせられた。2-31-10-33やがて、空気の変化で、地下道（ちかどう）にはいったことがわかった。2-31-10-34しばらく歩いて行くともの音が聞こえた。 2-31-10-35ふたたび空気のようすが変り、生温（なまあたた）かく、好（よ）い匂いがしてくるような気がした。2-31-10-36遂（つい）に足が厚（あつ）い軟（やわ）らかな『じゅうたん』にふれたように思った。2-31-10-37案内者は手を放（はな）した。2-31-10-38あたりはしばらくしずかだったが、やがて、外国（がいこく）なまりはあるにしても、流暢（りゅうちょう）なフランス語でこう言う声が耳にはいった。 2-31-10-39「よくおいででした。ハンケチをお取りくだすってけっこうです」。2-31-10-40お察しのことと思うが、フランツは、この言葉を二度とはくり返させなかった。2-31-10-41彼はハンケチを取った。

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引用者：2016/9/15　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義