３１（４）モンテクリスト島

2-31-4-1モンテ・クリスト島までもう十五海里（１５Ｘ１．８Ｋｍ＝２７Ｋｍ）というところで、日はコルシカ島の彼方（かなた）に沈みはじめた。2-31-4-2コルシカの山々は、右手のほうに姿を見せて、その鋸（のこぎり）の歯に似た影を空（そら）に浮きあがらせていた。2-31-4-3巨人（きょじん）アダマストールを思わせる岩山（いわやま）は、迫るように船のゆくてにそびえ立ち、船に射（さ）していた日かげをさえぎり、その峯（みね）を金（きん）にそめていた。2-31-4-4やがて、闇は海から立ちのぼって、消えかけている最後の光を追い払おうとしてでもいるようだった。
 
 
2-31-4-5やがて、光は円錐形（えんすいけい）の頂（いただ）きにまで追いやられ、まるで火山（かざん）の火柱（ひばしら）のように、そこにしばらく止（とど）まっていた。2-31-4-6ますますのぼりつづける夕闇（ゆうやみ）は、低いところを侵したように、次第次第に高いところにおよび、島は、ますます黒さを増して行く暗灰色（あんはいしょく）の山にすぎなくなった。2-31-4-7そして、半時間（はんじかん：３０分）の後には、日はとっぷり暮れてしまった。2-31-4-8幸い水夫たちは、いままで来（き）なれていた海上のことではあり、トスカナ群島の小さな暗礁（あんしょう）の末の末までも呑みこんでいた。2-31-4-9そうでもなければ、船は深い闇のなかに包まれていたことだし、フランツとしては、不安をぜんぜん感じないわけにはいかなかったに違いない。

2-31-4-10いまやコルシカはまったく姿を消し、モンテ・クリスト島さえ見わけ難（がた）くなっていた。2-31-4-11だが水夫たちは、山猫（やまねこ）とでもいったように、闇の中に物を見わける力を持ってでもいるようだった。2-31-4-12そして、舵を握った水先（みずさき）案内（あんない）は、いささかの躊躇（ちゅうちょ）の色も見せなかった。2-31-4-13日が暮れてから一時間もしたと思われる頃、フランツは左の四分の一（よんぶんのいち）海里（かいり：０．２５Ｘ１．８ｋｍ＝４５０ｍ）のところに黒い影を認めた。2-31-4-14だが、それがなんであるか識別（しきべつ）することができず、ひょっとして、雲を陸地と見まちがえたりして、水夫たちのもの笑いになるのもいやだと思って、そのまま黙っていることにした。

2-31-4-15だが、突然（とつぜん）、一つの大きな光が岸にあらわれた。2-31-4-16陸が雲に似ることはあっても、その火はまさしく流星ではなかった。2-31-4-17「あの光はなんだろう？」と、フランツはたずねた。2-31-4-18「しっ！」と、船長が言った。2-31-4-19「火ですな」。2-31-4-20「でも、無人島（むじんとう）だと言ったじゃないか！」。2-31-4-21「つまり、きまった住民がいないと申しあげたまでなのでして。2-31-4-22でも、密輸入者のやすみ場所になっていると申しあげておきました」。2-31-4-23「それに海賊たちの！」。2-31-4-24「さよう、海賊たちの」と、ガエタノは、フランツの言葉をくり返した。

2-31-4-25「それで、島を通り越すように命じておきました。2-31-4-26ごらんください、火はうしろのほうになっております」。2-31-4-27「だが、あの火は、」と、フランツは言葉をつづけた。2-31-4-28「心配よりも、安心していていいしるしではないかと思うね。2-31-4-29人に見つけられるのを恐れるのだったら、まさか火を焚（た）いたりはしまいと思うし」。2-31-4-30「なあに、それは理由になりませんので」と、ガエタノが言った。2-31-4-31「もし、闇のなかでも島の位置がおわかりでしたら、あの位置としますと、火は、海岸からもピアノザ（ピアノサ島？）からも見えず、ただ海からだけ見えていることがおわかりになると思いますが」。

2-31-4-32「すると、あの火が悪党（あくとう）仲間（なかま）のいることを知らせるものではないかと思って心配しているというわけだな？」。2-31-4-33「それをたしかめなければなりませんので」と、ガエタノは、『じっ』と地上（ちじょう）の星（焚火）を睨（にら）みながら答えた。2-31-4-34「どういうふうにして確かめるつもりだ？」。2-31-4-35「いまにおわかりになりますよ」。

2-31-4-36こう言うと、ガエタノは仲間と相談をはじめたが、五分（ごふん）ばかりなにか言い合っていたあとで、黙（だま）って舵（かじ）を転（てん）じたと思うと、船は『ぐるり』と方向（ほうこう）を変えた。2-31-4-37こうして船は、いままで進んできた路（みち）を取って返していたのだった。2-31-4-38そして、方向転換（てんかん）をやってから数秒（すうびょう）の後（のち）には、火は、地形（ちけい）の変化でかくれでもしたように見えなくなった。2-31-4-39と、船長は舵をまわして、さらに新しい方向へ船を向けた。2-31-4-40船は見るみるうちに島に近づき、やがて、そこからわずか五十歩ばかりの距離まで来た。2-31-4-41ガエタノは、帆をおろした。2-31-4-42船は『じっ』と停止（ていし）した。
 
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引用者：2016/7/10、9/13　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義