３１（８）晩餐への招待

2-31-8-1一行は、船を岸につなぐと、つごうの好（よ）い露営地（ろえいち）を見つけようとして幾歩（いくほ）か進んだ。2-31-8-2だが、おそらく一行（いっこう）の歩いて行った方角（ほうがく）が、監視していた密輸入者にとって適当（てきとう）なものと思われなかったためにちがいない、彼は、ガエタノに向かってこう叫んだ。2-31-8-3「そっちへ行かんでくれ」。2-31-8-4ガエタノは弁解（べんかい）らしい言葉をつぶやいた。2-31-8-5そして、それでもとは言わず、反対の路（みち）を取った。2-31-8-6二人（ふたり）の水夫は、道を照らすため、焚火のところへ行って、炬火（きょか：たいまつ）に火をつけた。

2-31-8-7一行は、三十歩（さんじゅっぽ）ばかり歩いて、すっかり岩に囲まれた小さい広場に来て立ち止まった。2-31-8-8その岩は、人の坐れるような形に彫られていて、ちょうど坐っていながら監視のできる小さい哨舎（しょうしゃ）とでもいうようになっていた。2-31-8-9周囲には植物性（しょくぶつせい）地層（ちそう）の脈に、数本の小さい樫の樹（かしのき）やミルトがむらがり生えていた。2-31-8-10フランツは、炬火を低くさげて、そこにうずたかい灰があったのを見つけ、この場所の落ちつけるのを最初に発見したのが自分でなく、ここがモンテ・クリスト島にやってくる連中（れんちゅう）にとって、おきまりの場所の一つになっているにちがいないことを見て取った。

2-31-8-11いまは、なにか事件が起こりはしないかという気持もどこかへ行ってしまっていた2-31-8-12いったん陸にあがり、島の主人（しゅじん）たちから、親しみとはいえないまでも、少なくも無関心な態度を見せられた彼は、すっかり心配（しんぱい）を忘れてしまっていたのだった。2-31-8-13そして、遠からぬあたりであぶられている仔山羊の匂（にお）いを嗅（か）ぐと、いままでの心配は食欲（しょくよく）に変った。2-31-8-14フランツは、このことをちょっとガエタノにつたえた。2-31-8-15とガエタノは、船にはパン、葡萄酒、六羽（ろくわ）の『しゃこ』があるし、それをあぶる火まで用意してあるから、晩餐（ばんさん）をこしらえるぐらいなんでもないと答えた。

2-31-8-16「それに、」と、彼はつけ加えた。2-31-8-17「もし御前があの仔山羊の匂いがたまらないとおっしゃるのでしたら、あの連中に鳥を二羽（にわ）やって、肉を一片（いっぺん）もらってきてよろしいのですが」。2-31-8-18「頼む、ガエタノ、頼む」と、フランツは言った。2-31-8-19「お前はほんとに談判（だんぱん）がうまいから」。2-31-8-20そのあいだに、水夫たちはヒースを幾抱（いくかか）えも引き抜き、ミルトや生樫（なまかし）で薪（たきぎ）を作り、それに火をつけたので、かなり盛（さか）んな焚火ができていた。2-31-8-21フランツは、あいかわらず仔山羊の匂いに鼻をぴこつかせながら、船長の帰りを待っていた。2-31-8-22そこへ船長が帰ってきて、ようすありげな面持（おももち）で彼のそばへ歩みよった。

2-31-8-23「どうだったい！」と、彼はたずねた。2-31-8-24「どうかしたのか？2-31-8-25ことわられたのかい？」。2-31-8-26「大（おお）ちがい」と、ガエタノは言った。2-31-8-27「あなたがフランスの方（かた）だっていうことを『かしら』に話しましたら、ごいっしょに晩餐をしたいと申しますので」。2-31-8-28「どうしてどうして」と、フランツは言った。2-31-8-29「その『かしら』というのはなかなかひらけた男じゃないか。2-31-8-30ことわる理由（りゆう）は僕（ぼく）にはないね。2-31-8-31むしろ、こっちから自分の分を持って行こうや」。

2-31-8-32「いいえ、そうではないので。2-31-8-33晩餐は、じゅうぶんどころか余（あま）るくらいあるのですが、家（いえ）においでいただくについて、妙（みょう）な条件を附けましたので」。2-31-8-34「家に！」と、フランツは言った。2-31-8-35「では、その男は家を建てるってわけなのかい？」。2-31-8-36「というわけでもありませんが、噂（うわさ）によると、とても居心地（いごこち）のいい住居（じゅうきょ）をもってるそうでして」。2-31-8-37「では、お前はその『かしら』を知ってるのか？」。2-31-8-38「人から噂を聞きました」。2-31-8-39「いい噂か、悪い噂か？」。2-31-8-40「両方（りょうほう）なんで」。2-31-8-41「ちえっ！で、条件というのは？」。
 
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引用者：2016/7/10、9/14　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義