まだ小学生低学年、あるいは幼稚園だった頃かも知れないが、父は商売に行き詰まり、借金(しゃっきん)をかかえた。父は本家(ほんけ)のしていた商売、呉服(ごふく)の反物(たんもの)を自転車に積んで行商をした。しかし、戦後の時代、女性が普段(ふだん)着物を着ることはなくなっていた。商売もまた行き詰ったのだった。謝金取りは夜酔っ払った状態で家にきた。両親は平身低頭して、ののしり続ける相手にわびた。僕はそれを布団の中で聞いた。幼い弟は怖いので泣いた。後でちらっと聞いたことがあるが両親は一家心中を覚悟したことがあるらしい。もし、そうなっても「ええで」と僕はOKしたに違いなかった。 父は、西脇の染工場(せんこうば)に工員(こういん)として勤め始めた。西脇は杉原川の豊富な清流の恩恵を受けて、染物工場で栄えていた。地方から四国からも女性が女工(じょこう)さんとして働きに来ていた。西脇市となって財政が豊かになり、どこが主体か分からないが、蓬莱橋(ほうらいばし)を中心として花火大会が毎年催された。その夜は大勢の見物客でにぎわった。 たとえ低賃金でも毎月一定収入があるようになった。田んぼも少しあり、畑もあったから、食料には困らなかった。母の炊(た)くご飯はおいしかった。夫婦仲もよくなった。ある日、下校の途中、二人が「かいぼり」をしているのを見た。「かいぼり」というのは、溝(小川)の両端に堰(せき)を作って、中の水をかい出して、干上(ひあ)がった溝の中の魚を網ですくい取るのだった。僕は二人が仲良くそれをしているのを見て、とてもうれしくなったのだった。夫婦仲良く、子供にとってそれは何よりのことだった。 高校生の頃になって、父が「テレビ買おうか」と言い出した。僕は「そんなもん要らん」と強く言った。しかし、テレビは我が家にやってきた。その頃見たコマーシャルのひとつが、「活け伊勢海老(いせえび)料理の「中納言(ちゅうなごん)」だった。大きな海老が画面に跳(は)ねていた。自分たちにはぜんぜん関係のない宣伝だった。どのような人たちが行く店だろうとは思わなかった。母は言った、「上見たらきりなし、下見てもきりがないよ」。 就職して最初にもらった給料は1万9千円だった。ちゃぶ台を買い、寮費(りょうひ)を払ったら給料は消えた。しかし、石津川(いしずがわ)の土手(どて)の「てんぷら」の屋台(やたい)でサツマイモの揚げたてをひとつ買う金はあった。それを受け取ってほうばったら、とてもうまかった。とても裕福な気持になれた。その頃から僕はセレブなのだった。生まれつきかも。 |
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