２６章「ポン・デュ・ガールの旅籠屋(はたごや)」

ダンテスは司祭に化けて門番から聞いたカドルッスの宿屋に向かった。カドルッスから情報得るために用意したのは、五万フランのダイヤモンドだった。女房のカルコントはカドルッスに用心して何も話してはいけないと言い張ったが、ダイヤモンドに目を射抜かれて、その考えをあらためた。

なお、「ポン･デュ・ガール」は、ローマ帝国時代の水道橋の名前であり、カドルッスが橋の模型を使って、宿屋の屋号としているのだと思う。

水道橋「ポン・デュ・ガール」 ローマ時代に造られたフランスの水道橋

目次

２６（１）寂れた宿屋の主　2-26-1-19自然と日に焦げた顔色は、彼が朝から晩まで家の戸口の閾に出て、或いは徒歩での、或いは馬車での、誰か泊り客でも来ぬものかと見張りをする習慣になってこのかた、さらに錆色（をした層でおおわれていた。だが、そうして待っていても、それはほとんどいつもむだに終った。こうしたあいだ、彼は、何ものをも燃やしつくさずにはおかぬような日の光を防ぐため、頭に赤いハンケチをくくりつけていた。この男、これこそはわれらが旧知（、ガスパール・カドルッスその人にほかならなかった。

２６（２）妻の名はマドレーヌ　2-26-2-7こうした苦情にたいして、亭主は「黙らないか、カルコント！それもこれも神さまの思召しなんだ」と、悟りすました言葉で答えていた。この仇名は、マドレーヌ・ラデルが、サロンとランベスク間のカルコント村で生まれたことに由来（していた。ほとんど多くの場合、本名代りに仇名で人を呼ぶというこの土地の風習に従っていた亭主は、自分のぞんざいな口のきき方から考えて、あまりにものやさしく、ひびきの好すぎるマドレーヌという名の代りに、こうした名で呼ぶことにしていた。

２６（３）馬に乗った司祭　2-26-3-29司祭は、ふしぎなほどの注意をこめてニ三秒男の顔を見つめていた。それが、さも自分のほうに、亭主の注意を惹きつけようとしてでもいるように思われた。だが亭主の顔には、返事のないのに呆れているというより以外に、なんの表情も浮かんでいなかった。それを見ると、司祭は、驚かすのもまずこれくらいにしておこうと思ったらしく、いかにもまるだしなイタリーなまりでこう言った。「あなたはカドルッスさんじゃありませんか？」。

２６（４）カオールのぶどう酒　2-26-4-9「そうなんでございますよ。ところが商売がうまくまいりませんでした。どうもマルセイユの町ときたら、とても暑くて、いまに着物など着ているものはいなくなるにちがいございません。暑いといえば、いかがです司祭さま、冷たいものをいっぱい召上りませんか？」。「そうそう、あなたのけっこうな葡萄酒を一本いただきましょう。そのあとでまたいまの話のつづきを承ることにしましょう」。

２６（５）エドモンの消息　2-26-5-9で、あのかわいそうなエドモンが、いったいどうなりました？」と亭主はつづけた。「お会いでしたか？まだ生きておりましょうか？自由な体になりましたか？仕合せになっておりますか？」。「牢死（しましたよ。ツーロン監獄で足に鉄丸を引っぱっている懲役人より、もっともっと絶望しきって、もっともっと惨めなありさまでね」。怖ろしいほどな青白さが、カドルッスの面上で、ついいましがたまで見られていたあの紅潮の色に取って代った。

２６（６）五万フランのダイヤモンド　2-26-6-28「で、またあなたはどうしてそのダイヤモンドをお手にお入れでした？」と、カドルッスはたずねた。「エドモンがあなたを相続人ということにでも定めましたので？」。「ではないのです。わたしは遺言執行人ということになったのです。自分には三人の親友と一人の許嫁がある、とあの男はわたしに言いました。この四人はたしかにわたしのことを思って心を痛めていてくれるにちがいない、そのなかの一人はカドルッスという男で・・・・」。カドルッスは身をふるわせた。

２６（７）ダイヤの売却金を四人に　2-26-7-29「おお！」と、カドルッスは言った。「わたしほど知っているものがありましょうか？・・・・わたしはあの老人と隣りどうしに住んでいました・・・・ああ、そうでした、息子がいなくなって一年たつかたたないうちに、あの気の毒な老人は亡くなりました」。「だが、なんの病気で亡くなりました？」。「医者はその病気をなんとか言っておりました・・・・胃腸カタルだったかな。だが、老人を知っているものに言わせれば、悲しみのあまり死んだのだといえましょう・・・・ですが、あの老人の死ぬのを見とどけたと言えるこのわたしの口から申しますと・・・・」と、カドルッスは言葉をきった。

２６（８）カルコントの用心　2-26-8-11「お前さんだめだよ」と、階段のところで声がした。「お前さん、なんでつまらない口出しなんかするんですよ？」。ふり返った二人は、欄干の柱のあいだにカルコントの病みほおけた顔をみつけた。彼女は、そこまで乗り出してきて、いちばん上の段に腰をおろし、膝に顔をのせながら二人の話を聞いていた。「お前こそなんで口出しするんだ？」と、カドルッスが言った。

２６（９）カドルッスの躊躇　2-26-9-34「お話しにならないのは、あなたの御随意です」と、司祭はこのうえなく無関心な調子で言った。そして、わたしもあなたのお心づかいを尊重しましょう。それにあなたのそういう御態度も、たしかに善い心を持った方の態度ですよ。もうその話はやめにしましょう。わたしはいったい何を頼まれてきたのでしょう？ほんの簡単な手続きだけです。このダイヤモンドを売るだけなのです」。こう言いながら彼はポケットからダイヤモンドを取り出して、箱を開き、それをカドルッスの『くらくら』している眼の前にきらめかせて見せた。

２６（１０）カルコントの翻意　2-26-10-9「まあ、なんてきれいな！」と、彼女は言った。「その五分の一だけがわたしたちのものだとおっしゃいましたね？」と、カドルッスが言った。「そうなんです」と、司祭は答えた。「それにダンテスの父親のぶんが加わります。これはみなさん四人の方にお分けしていいと思っています」。「でも四人とは？」と、カルコントがたずねた。「なぜって、あなた方四人はエドモンのお友だちじゃありませんか？」。「人を裏切ったりするものなんて、友だちとは言えませんよ」と、今度は女房が低くつぶやいた。

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引用者：2016/8/27-28　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会 通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義 ささくら修道会・必読書 2019/8/19(DVDの場合)、2022/12/5(リンクのし直し)