２６（６）五万フランのダイヤモンド

2-26-6-1「そうなのです、そうなのです」と、カドルッスはつぶやいた。2-26-6-2「あの男にはわからなかったことでしょう。2-26-6-3いいえ司祭さま、あの男は嘘（うそ）を申し上げたのではございません」。2-26-6-4「そんなわけで、わたしはあの男から、あの男（おとこ）自身（じしん）どうしてもはっきりさせることのできなかった不幸（ふこう）を、どうかわたしの手によってはっきりさせてもらいたい、そしてあの男について世間（せけん）の人の思い出に不名誉（ふめいよ）なことでもあるようだったら、どうかその名誉（めいよ）も償ってもらいたい、こういうことを頼まれました」。2-26-6-5こう言いながら、ますますじっと見据（みす）えた司祭の眼は、カドルッスの面上（めんじょう）に表われたほとんど沈痛（ちんつう）といえるほどの表情を、むさぼるようにながめていた。

2-26-6-6「あの男と同じような不幸な目にあっていた金持のイタリー人で、」と、司祭はつづけた。2-26-6-7「二度目の王政復古（おうせいふっこ）で出獄（しゅつごく）した男が、すばらしいダイヤモンドを一つ持っていました。2-26-6-8その男は牢（ろう）から出るときに、以前（いぜん）病気にかかったとき、ダンテスがまるで兄弟（きょうだい）のように看護（かんご）してくれたお礼（れい）に、そのダイヤモンドをダンテスに残していきました。2-26-6-9ダンテスは、それを種（たね）に獄丁（ごくちょう：看守）を誘惑（ゆうわく）しようとする代わりに、（もっとも獄丁などというものはいったんもらっておいた上で、あとから平気で裏切りかねないものですからな、）それをいつまでも大切にしまっておいて、牢（ろう）から出る日のために取っておくことにしたのでした。2-26-6-10なにしろ牢から出た後の財産としては、そのそのダイヤモンドを売りさえすれば、もうそれだけでじゅうぶんだろうというわけでしたから」。
 
 
2-26-6-11「では、いまおっしゃったように、」とカドルッスは燃えるような眼差しでたずねた。2-26-6-12「それほど莫大（ばくだい）な値打（ねうち）のあるダイヤモンドなんで？」。2-26-6-13「すべては比較の問題ですがね」と、司祭は答えた。2-26-6-14「エドモンにとっては大した値打（ねうち）の代物（しろもの）です。2-26-6-15五万フラン（５，０００万円）と評価されていたのですから」。2-26-6-16「五万フラン！」と、カドルッスは言った。2-26-6-17「では、『くるみ』ほどの大きさでしょうな？」。2-26-6-18「いや、それほど大きくはありません」と、司祭は言った。2-26-6-19「が何しろごらんになったらいいでしょう。2-26-6-20ちょうどここに持っていますから」。

2-26-6-21カドルッスは司祭の衣の下に、いま話のあった品物（しなもの）を探そうとするようなようすをした。2-26-6-22司祭は、ポケットから黒い『さめ』革（かわ）の小さな箱を取り出し、それを開いて、眼がくらみかかっているカドルッスの前に、すばらしい細工（さいく）の指輪（ゆびわ）にはめられた、キラキラする宝石（ほうせき）をきらめかせて見せた。2-26-6-23「で、これが五万フランいたしますので？」。2-26-6-24「台をべつにしてですよ。2-26-6-25台だけでもそうとうな価値がありますからね」。2-26-6-26司祭はそう言いながら箱の蓋（ふた）を閉めた。2-26-6-27ダイヤモンドはポケットのなかに納められたのだが、カドルッスの心のなかには、それはなおきらめきつづけていた。

2-26-6-28「で、またあなたはどうしてそのダイヤモンドをお手にお入れでした？」と、カドルッスはたずねた。2-26-6-29「エドモンがあなたを相続人（そうぞくにん）ということにでも定（さだ）めましたので？」。2-26-6-30「ではないのです。わたしは遺言（ゆいごん）執行人（しっこうにん）ということになったのです。2-26-6-31自分には三人の親友（しんゆう）と一人の許嫁（いいなずけ）がある、とあの男はわたしに言いました。2-26-6-32この四人はたしかにわたしのことを思って心を痛（いた）めていてくれるにちがいない、そのなかの一人はカドルッスという男で・・・・」。

2-26-6-33カドルッスは身をふるわせた。2-26-6-34「も一人は、」と、司祭は、さもカドルッスの感激（かんげき）に気がつかないようなようすで話をつづけた。2-26-6-35「も一人はダングラールという男、2-26-6-36第三の男は、（あの男はこう言葉を続けました、）その男は、わたしの競争者（きょうそうしゃ）ではあったが、しかしわたしを愛していた、と」。2-26-6-37悪魔的（あくまてき）な微笑がカドルッスの顔を輝（かがや）かした。2-26-6-38彼は、司祭の言葉を押し止めようとした。
 
 
 
次へ
 

引用者：2016/8/28　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義