２６（５）エドモンの消息(しょうそく)

2-26-5-1「どうした証拠（しょうこ）がお入用（にゅうよう）で？」。2-26-5-2「あなたは１８１４年か１５年に、ダンテスという船乗（ふなの）りを知っておいででしたかな？」。2-26-5-3「ダンテス・・・・知っておりますどころか！2-26-5-4わたしのいちばん仲好（なかよ）しの友だちの一人で！」と、カドルッスは、朱（しゅ）のような紅味（あかみ）を顔の上にみなぎらせて叫んだ。2-26-5-5一ぽう（いっぽう）、透（す）き通って、落ちつき払った司祭（しさい）の眼は大きく見開（みひら）かれ、相手（あいて）をすっかりおおい包んでしまうかとさえ思われた。 2-26-5-6「たしかエドモンといいましたな」。2-26-5-7「エドモンでさあ！2-26-5-8このわたしがガスパール・カドルッスであるのと同じほどにたしかなことでございますよ。2-26-5-9で、あのかわいそうなエドモンが、いったいどうなりました？」と亭主（ていしゅ）はつづけた。2-26-5-10「お会いでしたか？2-26-5-11まだ生きておりましょうか？2-26-5-12自由な体になりましたか？2-26-5-13仕合（しあわ）せになっておりますか？」。2-26-5-14「牢死（ろうし）しましたよ。2-26-5-15ツーロン（本はトゥーロン）監獄（かんごく）で足に鉄丸（てつがん）を引っぱっている懲役人（ちょうえきにん）より、もっともっと絶望（ぜつぼう）しきって、もっともっと惨（みじ）めなありさまでね」。 2-26-5-16怖ろしいほどな青白（あおじろ）さが、カドルッスの面上（めんじょう）で、ついいましがたまで見られていたあの紅潮（こうちょう）の色に取って代った。2-26-5-17亭主は背後（はいご）をふり向いた。2-26-5-18そして司祭は、彼が、帽子（ぼうし）代（かわ）りにしていた赤いハンケチの端（はし）で、涙を拭（ふ）いているのを見た。2-26-5-19「かわいそうに！」と、カドルッスはつぶやいた。2-26-5-20「それ、ここにもさっきわたしがもうしあげたことの一つの証拠、神さまは悪人（あくにん）にばかり御親切（ごしんせつ）だという証拠（しょうこ）がありまさあ。2-26-5-21ああ！」と、カドルッスは南仏人（なんふつじん）特有（とくゆう）の大（おお）げさな言葉でつづけた。2-26-5-22「世の中はだんだん悪くなるばかりです。2-26-5-23いっそ神さまが空（そら）から二日間（ふつかかん）焔硝（えんしょう）を降（ふ）らし、一時間火を降らして、なにもかも滅ぼしておしまいになるといいんですが」。 2-26-5-24「あの男が好きでいらしったらしいですな？」と、司祭はたずねた。2-26-5-25「ええ、好きでしたとも、」と、カドルッスは答えた。2-26-5-26「ただ一時（いちじ：いっとき）、あの男の幸福をねたんだりしたことは気が咎（とが）めますが、それからというもの、わたしは誓って申します、わたしはあの男の不運（ふうん）をどんなにか気の毒に思いましたか」。2-26-5-27ちょっとの間（あいだ）沈黙（ちんもく）がつづいた。2-26-5-28そのあいだ、じっと見つめていた司祭の眼は、絶えず亭主の顔の動きを見まもっていた。 2-26-5-29「あなたはあの男を御存じですか？」と、カドルッスは言葉をつづけた。2-26-5-30「わたしは、宗教上の最後の助けを貸してやるために、あの人の臨終（りんじゅう）の枕（まくら）もとに呼ばれました」と、司祭は答えた。2-26-5-31「で、なにが因（いん：もと）で死にました？」と、カドルッスは、絞（しめ：本は緊）めつけられたような声でたずねた。2-26-5-32「三十にもなった男が牢死（ろうし）した場合、それは牢屋（ろうや）に殺されたのではなくていったいなんで死にましょう」。2-26-5-33カドルッスは額（ひたい）を流れる汗を拭（ぬぐ）った。 2-26-5-34ところがここにふしぎなのは、」と、司祭は言葉をつづけた、「それは、あのダンテスが、臨終の床（とこ）で、その御足（みあし）に接吻（せっぷん：キス）していた主イエス・キリストの御像（みぞう）にかけて、いったい自分がどうして捕まえられることになったか、そのほんとの理由がわからないとわたしに誓ったことなのです」。 ---イエス・キリストの像、このことからシャトーディフの宗教がカトリック教会のものであることがわかる。

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引用者：2016/8/27　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義