２６（９）カドルッスの躊躇(ちゅうちょ)

2-26-9-1カドルッスはじれったそうなようすをした。2-26-9-2そして、言葉をさえぎった女房のほうへはなんの返事もしようとせず、「自分の女房に惚（ほ）れているような男と、いったい誰が友だちになれましょう？」と、司祭に答えた。2-26-9-3「すなおなダンテスは、こうした連中（れんちゅう）をみんな友だちと呼んでおりました2-26-9-4・・・・かわいそうなエドモン！・・・・2-26-9-5けっきょくなんにも知らないほうが、あの男のためにむしろよかったと思いますよ。2-26-9-6いざ死ぬという間際（まぎわ）になって、ああした連中をゆるすなんて、あの男にとってもかなりつらかったことでしょう2-26-9-7・・・・わたしにとっては、たとい人がなんと言おうと、」と、カドルッスは、いくらかお粗末（そまつ）な詩的（してき）な気持（きもち）を交（まじ）えた彼（かれ）一流（いちりゅう）の言葉づかいで言った。2-26-9-8「生きている者の憎（にく）しみよりも、死んだ者の呪（のろ）いのほうがずっと恐ろしいものに思われますよ」。 2-26-9-9「おばかさん！」と、カルコントが言った。2-26-9-10「そのフェルナンが、ダンテスになにをしたのか御承知ですかな？」と、司祭はたずねた。2-26-9-11「知っていますどころか」。2-26-9-12「それでは聞かしてもらえませんか」。2-26-9-13「ガスパール、勝手にするがいいよ、お前さんのお心まかせさ」と、女房が言った。2-26-9-14「だが、あたしのいうことを聞くつもりなら、なにか言ったりしちゃあだめですよ」。2-26-9-15「なるほど、お前の言うほうがもっともらしいな」と、カドルッスが言った。2-26-9-16「では、もうなにも聞かせてはくださらないんですか」と、司祭は言った。 2-26-9-17「言ったところでなんになりましょう！」と、カドルッスは言った。2-26-9-18「あの男がまだ生きていて、自分の友だちと自分の敵がどうなったか知りたいと思って、あっしのところへやって来たというのだったら、わたしも野暮（やぼ）は言いますまい。2-26-9-19が、いま伺（うかが）ったところではもう地面（じめん）の下にはいっているというじゃありませんか。2-26-9-20もう憎むことも、仇（かたき）を打つこともできないのです。2-26-9-21すっかり忘れてしまいましょうよ」。 2-26-9-22「では、」と、司祭は言った。2-26-9-23「あなたはああいう人たち、あなたがさっきも言われたように、まったく価値（かち）のない、嘘（うそ）ばっかりの友人たちに、そうした信義（しんぎ）の報いを与えたほうがいいと思っておいでですか？」。2-26-9-24「そうでした。おっしゃることはごもっともです」と、カドルッスは言った。2-26-9-25「それに、あの連中にとってエドモンの贈り物など、いまはどれほどのありがたみがあるでしょう。2-26-9-26まず大海（たいかい）の一滴（いってき）というところですかな！」。 2-26-9-27「そのうえあの人たちはね、ちょっと手を挙げただけで、お前さんなんか打ち倒（たお）してしまえるんだからね」と、女房（にょうぼう）が言った。2-26-9-28「どうしてです？2-26-9-29では、あの人たちは金持（かねもち）で、そのうええらい身分（みぶん）にでもなっているというんですか？」。2-26-9-30「では、あなたはあの連中のことを御存じないんですね？」。2-26-9-31「知らないのです。ひとつ聞かせてもらえませんか」。2-26-9-32カドルッスはしばらく考えているようだった。2-26-9-33それから、「いや、じっさいそれは少し長過ぎますな」と、言った。 2-26-9-34「お話しにならないのは、あなたの御随意（ごずいい）です」と、司祭はこのうえなく無関心な調子で言った。2-26-9-35そして、わたしもあなたのお心づかいを尊重（そんちょう）しましょう。2-26-9-36それにあなたのそういう御態度（ごたいど）も、たしかに善（よ）い心を持った方の態度ですよ。2-26-9-37もうその話はやめにしましょう。2-26-9-38わたしはいったい何を頼まれてきたのでしょう？2-26-9-39ほんの簡単な手続きだけです。2-26-9-40このダイヤモンドを売るだけなのです」。2-26-9-41こう言いながら彼はポケットからダイヤモンドを取り出して、箱を開き、それをカドルッスの『くらくら』している眼の前にきらめかせて見せた。

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引用者：2016/8/28　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義