２１章「ティブラン島」

幾重にもふりかかった今までの不運はようやく好転の兆しをみせた。ダンテスは幸運に幸運を得て、ついにイフの城から脱出し、密輸入者の一員として、イタリヤのリボルノ港に向かった。

目次

２１（１）灯台の明かり　2-21-1-6そして、これを限りと力をこめて、まさに息がつまろうとしたその刹那、綱を切り放つことができた。それから彼は、足をはげしく蹴りながら、自由に水面まで浮かびあがった。重りは、底知れぬ海の深みへ、危うく経帷子となるはずだった粗末な布を引っぱりながら、そのまま沈んで行ってしまった。

２１（２）ああ！ティブラン島　2-21-2-17《どうした、》と、彼は思った。《もう一時間も泳いでいる。だが向かい風ときているので、四分の一は遅れているにちがいない。それにしても、方角さえ間違えなければ、もうティブラン島からそう遠くはないはずだ・・・・だが万一方角を間違えていたら！》。戦慄（せんりつ）が全身を走った。

２１（３）目前の難破船　2-21-3-19それはちょうど、彼が身を起こそうとしたときだった。電光一閃、まるで目もくらむ神の玉座の下あたりまで空がさけたかと思われて、一時にあたりが輝きわたった。この稲妻（いなずま）の光によって、ルメール島とクロワジール岬の間、自分のいるところから四分の一マイル（１．６Ｋｍ／４＝４００ｍ）と思われるあたりに、さも波の頂きから深い淵のなかに滑りこむ幽霊のように、嵐と波に弄ばれた小さな漁船の姿が見えた。

２１（４）脱獄の果ては　2-21-4-27いまダンテスが、もう力も尽き頭も空になって、一種夢中な気持になりながら、遥かにシャトー・ディフのほうを不安げにふりかえり、こうした熱烈な祈りを捧げていたとき、ポメーグの島の突端に、ラテン帆を空に浮き上らせ、波をかすめって飛ぶ鴎（かもめ）のように、一艘の小さな船のあらわれてくるのが目にはいった。船乗りの目なればこそ、ほの暗い海の上に、これがジェノバの小帆船であることが見きわめられた。

２１（５）救援ボート　2-21-5-38そして、三度目の叫びをたてた。足にはまだ、あの命取りの鉄丸（てつがん）がついているかのように、『ぐんぐん』海に引きこまれて行く感じだった。波は頭の上にかぶさった。そして水をとおして、黒い『しみ』のある、青白い空が目にはいった。彼は、はげしい努力をこころみて、ふたたび海面に浮かびあがることができた。そのとき、誰かが自分の髪の毛を引っつかんだように思った。

２１（６マルタ生まれの者　2-21-6-10「君は何者（なにもの）だね？」と、下手なフランス語で船長がたずねた。「マルタ生まれの船乗りです」。ダンテスは、これも下手なイタリー語で答えた。「シラキュズからきました。葡萄酒とパノリンを積んでいました。ところが、ゆうべの『しけ』にモルジウ岬でやられました。ほら、あそこの岩でやられたんです」。

２１（７）腕だめし　2-21-7-29乗組員である四人の水夫は、おのおの位置についた。船長は、かれらのするのをながめていた。「曳け！」と、ダンテスはつづいて言った。水夫はかなり正確に命令どおりにした。「しっかり結びつけろ！」。この命令は最初の二つの命令と同じように行われた。船は陸に沿って進むのをやめて、リオン島へ向かった。そして、ダンテスが前に言った言葉にたがわず、島を右舷二十ブラスのところに残して進んだ。「うまいぞ、うまいぞ！」と、船長は叫んだ。「うめえぞ、うめえぞ！」と、水夫どもがこれに和した。

２１（８）ジャコポ　2-21-8-25だが、水筒を飲みかけたばかりのところへ、「や！」と船長が不審を打った。「なにかシャトー・ディフに起こったな？」。ダンテスの注意を惹）いた軽い白い雲は、いまシャトー・ディフの南砲台）の銃眼の上を取りまいてあらわれはじめたところだった。やがて、はるかな砲声が、ようやく船まで聞こえてきた。水夫どもは頭をあげて、互いに顔と顔を見合わせた。「なんだろう？」と、船長は言った。「囚人がゆうべ逃げたんですな」と、ダンテスが言った。

２１（９）イフ城よさらば！　2-21-9-1さて、そこに坐ったダンテスは、キッとマルセイユの方へ目をそそいだ。「いったい今日は何日だったかな？」。シャトー・ディフも見えなくなったいま、ダンテスは、彼のそばへ来て腰をおろしたジャコポにたずねた。「二月二十八日さ」と、ジャコポが答えた。「何年のだ？」と、畳みかけてダンテスがたずねた。「何？　何年だって？　何年だって聞いているのか？」。

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引用者：2016/7/13-17　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書