２１（９）イフ城よさらば！

2-21-9-1さて、そこに坐ったダンテスは、キッとマルセイユの方へ目をそそいだ。2-21-9-2「いったい今日（きょう）は何日（なんにち）だったかな？」。2-21-9-3シャトー・ディフも見えなくなったいま、ダンテスは、彼のそばへ来て腰をおろしたジャコポにたずねた。2-21-9-4「二月二十八日さ」と、ジャコポが答えた。2-21-9-5「何年のだ？」と、畳（たたみ）かけてダンテスがたずねた。 2-21-9-6「何？　何年だって？　2-21-9-7何年だって聞いているのか？」。2-21-9-8「そうさ、」と、青年は答えた。2-21-9-9「何年だかを聞いているんだ」。2-21-9-10「何年だったか忘れたのか？」。2-21-9-11「忘れたなあ。2-21-9-12なにしろ、ゆうべとてもおそろしい目にあったんだから」と、笑いながらダンテスが言った。 2-21-9-13「あやうく正気（しょうき）をなくすところだった。2-21-9-14で、ものおぼえなんかもめちゃくちゃだ。2-21-9-15それで聞くんだ、いったい何年の二月二十八日になるんだ？」。2-21-9-16「１８２９年さ」と、ジャコポが言った。2-21-9-17思えば今を去る十四年前、今月（こんげつ）今日（きょう）、彼は捕えられたわけなのだった。2-21-9-18二十（はたち）にしてシャトー・ディフにはいった彼は、三十四（さんじゅうよん）にしてそこを出た。 2-21-9-19苦い微笑（びしょう）のかげが唇（くちびる）の上に浮かんだ。2-21-9-20彼は瞬間、おそらく自分を死んだものと思いこんだであろうメルセデスが、どうなったであろうかと考えてみた。2-21-9-21と思うと、今度（こんど）は、自分にあの長いつらい牢獄の生活をさせた三人の男のことを思い出し、その眼は憎悪（ぞうお）の閃（ひらめ）きに燃（も）えあがった。2-21-9-22彼はダングラール、フェルナン、そしてビルフォールの三人にたいして、すでに獄中でしたあの抜（ぬ）くべからざる復讐（ふくしゅう）の誓（ちか）いを新（あら）たにした。 2-21-9-23しかもその誓いは、もはや一個のむなしいおびやかしではなくなっていた。2-21-9-24というのは、地中海きってのいかに敏捷（びんしょう）な帆船をもってしても、いま満帆の風を孕（はら）んで、リボルノ指（さ）して急いで行く、この小さな帆船を押さえることはとうていできないことだったから。

次へ（２２）密輸入者

引用者：2016/7/17　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義