マノン・レスコー「読者の感想」

 
Aｎｔｏｉｎｅ−Ｆｒａｎｃｏｉｓ　Ｐｒｅｖｏｓｔ
アントワーヌ・フランソワ・プレボー
Ｍａｎｏｎ　Ｌｅｓｃａｕｔ
 
1)騎士について
このどうしようもない「おぼっちゃま」のニックネームは「騎士」である。騎士は、セルバンテスの生きた1600年ごろには、はるかに昔のことになったが、十字軍(1095年から150年間、断続的に9次まで）に参加した軍人に与えられた尊称である。その後は、イスラムと戦った軍人にも、時として「騎士」の称号が与えられた。しかし、プレボーから150年ほど前の作家、セルバンテスの時代でも、1492年にグラナダが陥落し、100年もたつと、イスラムと戦う「騎士」は古くなっていた。だから、「騎士」をたたえた幾多の読物も読まれなくなり、「騎士物語」は過去のものとなっていた。

そうした時代に世に出たのが「ドン・キホーテ」であった。その物語は、騎士の英雄伝とはかけ離れたもので、彼が名馬「ロシナンテ」と従士「サンチョ」と共に繰り広げる珍道中の小話集であった。これは大ヒットしたが、著作権を売り渡していたセルバンテス自身は、その恩恵に与れなかった。まさか大ヒットするとは思わなかったのだろう。

2)騎士のドタバタ恋について
さて、マノン・レスコーの話に戻るが、この「おぼっちゃま」のニックネームとされた「騎士」はまさに「ドン・キホーテ」のそれである。立派な恋愛哲学を披露するが、実践では「ずっこけ」ばかりである。思うにそれは、プレボーの言いたいことを隠すためなのであろう。言いたいこと、この場合は「告発」になると思うが、売春婦たちの強制的なアメリカ送りである。

哲学者のこの騎士殿は、殺人を平然と行い、何ら良心の呵責もない。殺された門番にも家族がいるのではないか。この一件だけで、彼の崇高な恋愛論は吹っ飛ぶ。作り話であるにしてもひどい。

3)旧約聖書に見た「性」の印象
男女の情念に関して、わたしは旧約聖書の中で、ひとつだけ憤激したものがある。「サムエル記下」に書かれた、兄が妹を犯す話である。欲情した相手をものにしたとたん、一瞥さえくれなくなってしまった男の身勝手さと、犯された女の悲嘆である。この男は、その妹の悲しみを思った彼女の兄アブサロムに殺される。当然だ、とわたしは思ったものである。この話には、人々の息づかいが感じられるが、騎士グリューの話にはそれがない。

マノンにも「生気」はない。貴人が言いたいことを覆い隠し、騎士に呼応させるための架空の人物である。有名なダンテのベアトリーチェも、単に利用されただけのもので、彼女中身はない。ペトラルカのラウラもまたしかり。

4)実はキリスト教とは無関係
この話によく似た作品が、これより150年後に世に出た。「クオ・バディス」である。我の強い青年将校ウィニキウスがリギアに一目ぼれしてしまうのである。この書にも「聖母子」は出てこない。

この「マノン・レスコー」にも聖母子の記述はない。ただ「神」という言葉を使って、騎士が身勝手な自説をしゃべりまくるだけである。SUN−TV「世界水紀行」で見たが、「ノートルダム大聖堂」はパリだけではなくアミアンにもあった。ノートルダムとは「われらが貴婦人」の意味だと言っていた。聖母マリヤの遠まわしな表現である。

両方とも「カトリック」の環境であるはずなのに、聖母子は無視される。聖母子は、カトリックを連想させるため、ある意味作品に「普遍性」がなくなると思って、用いなかったようである。だが、それはキリスト教ではないことを意味する。
 
旧約聖書
「サムエル記下」
13-2アムノンは妹タマルのために悩んでついにわずらった。それはタマルが処女であって、アムノンは彼女に何事もすることができないと思ったからである。13-3ところがアムノンにはひとりの友だちがあった。名をヨナダブといい、ダビデの兄弟シメアの子である。ヨナダブはひじょうに賢い人であった。13-4彼はアムノンに言った、「王子よ、あなたは、どうして朝ごとに、そんなにやせ衰えるのですか。わたしに話さないのですか」。アムノンは彼に言った、「わたしは兄弟アブサロムの妹タマルを恋しているのです」。
 
 
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