２９章「モレル商会(しょうかい)」

ファラオン号は沈んでしまった。乗組員が全員助かったのを知った、モレル氏の言葉をイギリス人は感動をもって聞いた。イギリス人は債権の支払期限を三ヶ月猶予した。イギリス人は水夫の一人ペヌロンに声をかけた。「ちょっといっしょに来てくれたまえ。話したいことがあるんだから」と。

目次

２９（１）モレル商会の現状　2-29-1-33今月末の用意にと、彼は掻き集められるだけを掻き集めた。だが、自分がそうした窮余の策を取っていることがわかったとき、おそらく自分が逆境にあるという噂が、マルセイユ中に広まるであろうことをおそれた彼は、単身ボーケールの市へ出かけて行った。それは妻と娘との貴金属と、自分の持っている銀器の一部を売り払おうと思ってだった。

２９（２）イギリス人の訪問者　2-29-2-30この物語のはじめには三十二歳であり、今五十の坂に手がとどこうとしているこの大商人は、十四年の間にすっかり変ってしまっていた。髪は白く、額に心配げな皺が刻まれ、昔あれほどしっかりしていた、決断力を見せていた眼差しも、今ではぼうぜんとした不安をあらわし、一つの考えとか、一人の人間とかに注意を集中することをおそれてでもいるようだった。

２９（３）頼みの綱はファラオン号　2-29-3-12「それだけでしょうか？」。「いえ、まだ来月末払いとして、この手形がございます。これはマルセイユのパスカル商会とワイルド・アンド・ターナー商会がまわしてよこしましたもので、金額は約五万五千フランばかり。つまり、全部で二十八万七千五百フランということになります」。こうした数字が並べたてられている間、モレル氏がどれほど苦しい思いをしたであろうか、とても筆にはあらわし得ない。

２９（４）ファラオン号は沈没　2-29-4-10「ぶちまけて申しますと、わたしの三本マストの船の模様を聞くことは、不安に過ごしているのと同じ程度に、わたしにとってこわいのです。せめて不安でいるうちは、希望が残されているわけですから」。そして、モレル氏は、聞き取れないほどの声でつけ加えた。「こう遅れるのはただごとではありません。ファラオン号は二月五日にカルカッタを出帆しました。一ヶ月以上も前に、帰ってきているはずなのです」。

２９（５）ありがたい！損害は　2-29-5-30「そのとき、あっしたちはブラン岬とボワヤドオル岬とのまん中あたりを、南西のけっこうな風を受けて走っていやした。一週間ばかり凪で苦しみ抜いたあげくでした。そのとき、ゴーマール船長があっしのそばにやってきて、（あっしはそのとき、舵を握っていやしたが、）こう言いやした。『ペヌロン親爺、あすこの水平線のところに出てる雲をどう思うな？』ってね。ちょうどあっしも、そのときその雲を見ていたんでさ。

２９（６）だめですなそれでは　2-29-6-32『さ、これでじゅうぶんだ』と、船長が言いやした。『これでモレルさんもおれたちをお叱りにはなるまい。船を助けるためにはできるだけのことをしたんだ。今度は人間を助けるばんだ。みんな、ボートに乗れ、ぐずぐずしてちゃいけねえぞ・・・・』」。「ねえ、旦那と、ペヌロンはつづけた。「あっしたちはファラオン号をかわいがっていたんでした。でも、船乗りがどんなに自分の船をかわいがったにしたところで、自分の命のほうがかわいいもんでさ。だから船長に二度とは言わせなかった。

２２９（７）船をこしらえたらいい　2-29-7-32「なんですって、モレルさん」と、彼は苦しそうな声で言った。2「なんです、あっしたちに暇を出そうっておっしゃるんですか！じゃ、あっしたちがお気に入らねえっていうわけですかい？」。「いいや」と、船主は言った。「気に入らないどころのさわぎじゃない。わたしは、君たちに暇を出そうと言うのじゃない。だが、なんともしようがないじゃないか、わたしにはもう船がないんで、乗組員がいらなくなったというわけなんだ」。「なんですって、あなたにはもう船がない！」と、ペヌロンが言った。

２９（８）ペヌロンとイギリス人　2-29-8-51ジュリーは、『あっ』とかすかな声をあげ、桜んぼのように赤くなった。そして、危うく足を踏みすべらしそうになって欄干につかまった。客は、彼女に別れの身ぶりをしてから歩みつづけた。彼は中庭で、両手に百フラン（１０万円）の紙幣束を握りながら、それを持って立ち去る決心がつきかねているらしいペヌロンに出会った。「君、いっしょにきてくれたまえ」と、彼は言った。「ちょっと話したいことがあるんだから」。

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引用者：2016/5/9、9/4-5　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書