(5)生前のイエスを知るルカの素性　　

顔認証ができた人物こそ 結論を先に言うと、母と子の顔認証をできた者、それがルカである。彼は福音書の記者の中で唯一、イエスと母マリヤの顔を見る機会があったのである。もっともそれは同時にではなく、タイムラグがあったのではあるが。 ルカの素性 ルカは、自らの文書の冒頭の献呈者たるテオピロ、とりもなおさず、「カペナウムの百卒長」の僕(しもべ)である。ルカはローマ軍の将校の執事である。彼の年齢は、四十歳あまりと見られる。ルカの第二の書、「使徒行伝」にぽつんと置かれた記述が、ルカが自分の年齢を残したのではないかと、思われる。彼は熟年であり、テオピロ(これは匿名で本名はクレオパ)の家の執事長である。テオピロはさらに年上(としうえ)で六十歳近くでもあろうか、多くの資産を持ち、独身である。彼は戦闘ではなく兵站(へいたん：軍の装備にかかわる業務)が任務だったのであろう。それなら、資産家である理由がわかる。ルカの才能が、彼の資産を増やしたのである。 「使徒行伝」4章　ルカの年齢のヒント 4-13人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った。そして彼らがイエスと共にいた者であることを認め、4-14かつ、彼らにいやされた者がそのそばに立っているのを見ては、まったく返す言葉がなかった。 4-15そこで、ふたりに議会から退場するように命じてから、互いに協議をつづけて、4-16言った、「あの人たちを、どうしたらよかろうか。彼らによって著しいしるしが行われたことは、エルサレムの住民全体に知れわたっているので、否定しようもない。4-17ただ、これ以上このことが民衆の間にひろまらないように、今後はこの名によって、いっさいだれにも語ってはいけないと、おどしてやろうではないか」。4-18そこで、ふたりを呼び入れて、イエスの名によって語ることも説くことも、いっさい相成らぬと言いわたした。 4-19ペテロとヨハネとは、これに対して言った、「神に従うよりも、あなたがたに聞き従う方が、神の前に正しいかどうか、判断してもらいたい。4-20わたしたちとしては、自分の見たこと聞いたことを、語らないわけにはいかない」。 4-21そこで、彼らはふたりを更におどしたうえ、ゆるしてやった。みんなの者が、この出来事のために、神をあがめていたので、その人々の手前、ふたりを罰するすべがなかったからである。 4-22そのしるしによっていやされたのは、四十歳あまりの人であった。 イエスの一家もカペナウム在住 だが、それはそれとして、当時、カペナウムにはイエスの一家も住んでいた。カペナウムはローマ軍駐屯(ちゅうとん)のおかげで、繁栄していた。大工(だいく)仕事の需要もあった。ヨセフは他界し、長男(ちょうなん)であるイエスが働いて生計(せいけい)をたてていた。軍の仕事もしたかも知れない。イエスはダビデの子孫としてローマ軍からマークされていた。反乱分子、テロリストの首謀者に担(かつ)ぎ出されるとも限らないからである。だからルカはイエスを知る機会があったのである。さらに言えば、イエスはテオピロの家の仕事をしたかも知れないということである。ルカは、イエスの面立(おもだ)ちや所作(しょさ)に深い感銘を受けていたのである。そうでなければ、この後の話につながらない道理である。 だが、ルカは彼の母は知らなかった。その必要がなかったからである。 イエス、伝道を開始 だが、そのイエスは、洗礼者ヨハネがヨルダン川に現れたと聞くや、大工仕事を捨て、一転して、伝道者となった。彼は、まずカペナウムの北の地方から伝道を始めた。彼は、神の国を説き、多くの奇跡を行った。それが、評判となり、多くのユダヤ人が彼のもとに集まった。 パンの奇跡 群集を動員しているイエスの行動について、ローマ軍から、ヘロデから、大祭司から斥候(せっこう)が放たれた。そして、驚くべき彼の才能を示すエピソードがもたらされた。原っぱで昼食をするため、イエスは人々をグループ分けして座らせた。そして、自らは、パンを手に取り、頭上にかかげてそれを裂き、近くの者に与えた。すると、それまで様子を見ていた人びとは各々(おのおの)自分のパンを取り出し、それを裂き、持ってない者に与えて食事を始めたのだった。 ふつうの人なら、これのどこが不思議かと思われるだろう。しかし、彼らは皆ユダヤ人なのである。「食事の前には手をていねいに洗う」、これは律法なのである。たとえ餓死しようとも、手を洗わない限り、彼らは食事しないのである。 その彼らが、手を洗わないでパンを裂いたイエスを見て、一斉に(いっせい)にそれに倣(なら)ったのである。 斥候たちもそれを知っていたから、イエスの機転に驚いたのである。簡単な仕草(しぐさ)で群集を動かしたイエスであれば、反乱軍を動かすこともできるだろう。「イエスは危険である」、報告を聞いた大祭司たちは思った。 ルカが見たのは男装の女性 過越しの祭が近づき、イエスはエルサレムに入った。そして、彼ら一行(いっこう)は、巡礼者の宿に泊まった。エルサレムとその近郊には、巡礼者のための宿が多くあった。過越しの祭にも多くの巡礼者がエルサレムにやってくる。宿の需要は高い。「最後の晩餐」メニューの食事も、宿なら問題ない。 そして夜半、早馬の伝令がカペナウムに到着、兵営にイエス処刑の報がもたらされた。その数日後、ルカはテオピロと懇意のユダヤ人の長老を伴い、エルサレムに向かった。そして、イエスの一行が泊まっているはずの宿に着いた。そして長老のとりなしでイエスの母と面会できることになったが、現れた人物を見たルカは仰天した。「イエスは生きている」、それは一瞬のことだったが、それは男装した女性に他ならなかった。 修正前の余韻 イエスが自分と同じカペナウムに住んでいたので、軍関係という職務上、ヨセフの子であるイエスの顔を知っていた。しかし、イエスの母については何も知らなかった。マークしていた者の母であっても、治安上の理由がなければ、その必要はなかったからである。彼がマリヤの顔を見たのは、主人の命(めい)を受けて、エルサレムにいる「イエスの母」を訪ねた時が初めてであった。その情報は、早馬の伝令から、主人の百卒長にもたらされていたのである。「イエスの母と、弟子たちはエルサレムの巡礼者の宿のひとつにいる」と。 そして、ルカはユダヤ人の長老と共にその宿を訪れた。イエスの処刑からまだ一週間程度しかたっていなかった。軍人の行動はすばやい。宿は喪に服してはいないように思われた。そして彼は、彼女の顔を見て驚愕(きょうがく)したのである。「どうしたら、そのように似た母子が存在し得たのであろう」と。

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