(17・2)フランス領ニュー・オルレアンの町並みと住まい

 
「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」
第二部
 
(17) 2/8
 
17-2-1この町が私たちの目にはいらなかったのも、小山のかげにかくれていたからだった。17-2-2私たちは天国からおりてきた者たちのように歓迎された。17-2-3この気の毒な住民たちは、故国フランスのようすや、また、自分たちめいめいの郷里について私たちに矢つぎばやの質問を浴びせた。17-2-4彼らは私たちを抱擁して、自分たちの兄弟だと言い、また、辛酸と孤独をわかちにきた親しい仲間だと言った。17-2-5私たちは彼らとともに道を町のほうにとった。

17-2-6しかし、進むにつれて驚いたのは、その人たちが立派な町だと言って誇ったものが、みすぼらしい掘っ立て小屋の集まりでしかないということだった。17-2-7それらの小屋に住んでいる者は全部で五、六百人だった。17-2-8司政官の家は、高さといい、位置といい、すこしはましのように思われた。

17-2-9それはいくつかの土の砦で防備され、そのまわりは大きな堀になっていた。17-2-10まず私たちは司政官の前に出された。17-2-11長いこと、彼は船長とひそひそ話をしていたが、やがて私たちのほうにもどってくると、船で到着した全部の女たちをひとりひとり調べた。17-2-12彼女たちの数は三十にのぼっていた。17-2-13というのは、われわれはル・アーヴルで他の一隊と会い、これがわれわれの隊に合流したからだった。

17-2-14司政官は長いことかかって調べたあとで、配偶者をほしがっている町の青年たちを幾人か呼びよせた。17-2-15彼は中でも美しい女たちをおもだった青年にあたえ、残りはくじを引かせた。17-2-16彼はまだマノンには一言も口をきかなかったが、他の者たちには引きさがるように命令してから、彼女と私とはあとに残らせた。

17-2-17「私は船長から聞いたのですが」彼は言った。17-2-18「あなた方は結婚しているそうですね。17-2-19そして、あなた方が学問もあり見どころもあることを、船長は航海中に自分の目で見て、知ったそうです。17-2-20あなた方がどうしてこんな羽目になったのか、私は穿鑿(せんさく)などいたしますまい。17-2-21しかし、お見うけするとおり、ほんとうに処世の道を心得ていなさるのなら、あなた方の境遇をすこしでもいいほうに向けるために骨惜しみしないつもりです。17-2-22だから、あなた方としても、この野蛮な、寂しい土地で、何かと私を喜ばせるようなことをしてみせてください」

17-2-23それに対して私はしかるべく返事して、彼の私たちにいだいている考えを証明するようにつとめた。17-2-24彼は私たちのために町に一軒の家を用意するように命令してから、私たちを夕飯に引きとめた。17-2-25これがはしたない追放者の頭目としては、なかなか礼儀作法をわきまえていると思われた。

17-2-26私たちの事件の内情についてあからさまに質問するようなこともなかった。17-2-27ごく普通の会話だったが、マノンと私は、自分たちの悲しみも我慢して、なるべく会話を楽しくさせようと努力した。17-2-28夜になって、私たちは用意された家に案内された。17-2-29それは板と土でできているみじめな小屋で、下に二つ三つ部屋があり、その上が屋根裏部屋になっていた。17-2-30彼はそこへ五、六脚の椅子と、いくつかの所帯道具を備えさせた。

17-2-31こんなにも哀れな住まいを見てマノンはぞっとしたらしかった。17-2-32彼女が悲しんだのは、自分自身のためというよりは、むしろ、私のためだったのだ。17-2-33ふたりきりになると、彼女はすわって、いかにも情けなさそうに泣きだした。17-2-34最初、私は彼女をなぐさめにかかった。17-2-35しかし、彼女は私だけを気の毒に思っているのであり、私たちはお互いの不幸の中でも、私が悲しむことだけが気になっているのであると聞かされたとき、私は勇気と歓喜をわざと示して、彼女にそれを伝えようとした。

17-2-36「なんでぼくが愚痴などこぼそう。17-2-37ぼくは自分のほしいもの全部を所有している。17-2-38きみはぼくを愛しているね。17-2-39そうだとすれば、ぼくはそれ以外の幸福を要求したことがあったろうか?17-2-40ぼくたちの行く末のことは天にまかすよりほかない。17-2-41その行く末にしたって、ぼくはそれほど絶望的に考えていない。17-2-42司政官はものわかりのいい人らしい。17-2-43ぼくたちを認めてくれたのだから、ぼくたちに不自由させるようなことはあるまい。17-2-44なるほど、小屋はみじめで、家具はお粗末だが、きみも知ってのどおり、ぼくたちよりいい家に住んで、上等の家具を備えているような人はいないらしい。17-2-45それに、きみときたら、すてきな化学者なんだからね」17-2-46私は彼女を抱きながらつけ加えた。

17-2-47「どんなものでも金に変えるもの」17-2-48「それなら、あんたは世界でいちばんお金持ちね」17-2-49彼女は答えた。17-2-50[なぜって、あんたのような恋なんてどこにだってないし、また、あんたのように深く愛されるということもないんだもの。17-2-51あたし、それだけは誓いましてよ]17-2-51彼女は、なおもつづけた。
 
 
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ページ制作者 (ささくら宗)聖母マリヤ福音教会代表 笹倉正義
2020/6/21
 
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