(16・3)パシーにて、未開の土地で恋人と幸福に暮らす夢哲学

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第二部

(16) 3/3

16-3-1マノンはほとんど口をきかなかった。16-3-2恥辱と痛苦が彼女の声帯をいためたのだろう。16-3-3声音はかぼそくて、ふるえていた。16-3-4私から忘れられていなかったことを彼女は感謝した。16-3-5そして、これきりにせよ、もういちど私に会えて、最後の別れが言えるようにしてもらえてうれしいと、溜息まじりに言った。 16-3-6しかし、私はどんなことをしても彼女と別れないと断言し、世界の果てまでついていって、彼女の世話をし、彼女の力となり、彼女を愛し、自分の不幸な運命を彼女のそれにしっかりと結びつけるつもりだと言って彼女を安心させたとき、この哀れな娘は、いたいたしくも、悲しい思いに泣きくずれ、そのあまりにもはげしい感動のさまに、私は命にさしさわりはないものかと心配なくらいだった。 16-3-7彼女の魂のあらゆる動きは、その目の中に集まるように思われた。16-3-8その目を彼女はじっと私のうえに据えていた。16-3-9ときどき、口を開くことはあっても、言いかけた言葉を終りまで言うだけの力はなかった。16-3-10それでも、二言三言はもれ聞えた。16-3-11それは私の恋に対する感激の言葉であり、その恋の過剰に対する優しい苦言であり、私からかくまで完璧に思慕されるなど、自分はそんなに幸福であっていいものかという疑念のあらわれであり、また、彼女に言わせれば、私は彼女といっしょにいるかぎり、幸福は望まれそうもないから、もっと私にふさわしい幸福を他に求めるため、彼女についていくことを断念するようにという切願であった。 16-3-12あらゆる運命のなかで最も残酷な運命にある私でありながら、彼女のまなざしの中に、そして、私を愛しているという確かさの中に、私は自分の幸福を見いだしたのだった。16-3-13なるほど、私以外の人びとが尊重するようなものを私はことごとく失っていた。16-3-14しかし、私は唯一の宝物として尊重するマノンの心をわがものにしていた。 16-3-15ヨーロッパに住む、アメリカに住むというが、もし私が自分の恋人と幸福に暮せることが確実なら、どこに住もうが私になんのかかわりがあろう？16-3-16愛しあう恋人同士にとっては、宇宙全体が祖国ではないだろうか？16-3-17彼らはお互いの心の中に、父を、母を、親戚を、友人を、富を、至福を見いださないだろうか？ 16-3-18もし私に不安を起させる何ものかがあるとすれば、それは貧窮にさらされたマノンを見ることの恐れであろう。16-3-19すでにして私は、未開人の住む、荒野に彼女と共にある思いがした。16-3-20「ぼくが思うには」私は言うのだった。 16-3-21「きっとあそこには、G・・・・・M・・・・・や、ぼくの親父のような残酷な未開人はいないだろうよ。16-3-22あそこの未開人たちは、すくなくとも、ぼくたちを平和に暮させてくれるにちがいない。16-3-23彼らについての人びとの報告がほんとうだとすれば、彼らは自然の法則に従って生活している。 16-3-24彼らはG・・・・・M・・・・・にとりついているような貪欲の鬼も知らなければ、親父をしてぼくの敵とさせた名誉心の権化も知らない。16-3-25彼らはふたりの恋人が自分たちと同じように簡易な生活をしているのを見て、邪魔などするようなことはないだろう」 16-3-26だから、私はこの方面のことは安心しきっていた。16-3-27ただ問題が、生活に必要なものということになると、小説じみた考え方ではいられなかった。16-3-28わけてもこの華奢な娘、安楽で豊富な生活に慣れているこの娘にとっては、それなしにはすまされない必需品の多いことを、私はあまりにもしばしば経験してきた。 16-3-29私は無益に財布をからにしたことを思うと腹がたった。16-3-30そして、あとに残るわずかの金も、横着な巡査どもに奪いとられようとしていることがやりきれなかった。16-3-31多少の金額さえあれば、金の値段が高いというアメリカでは、しばらくのあいだなら雨露をしのぐことができるというばかりでなく、永久に身をたてるために何か事業を起すことさえできそうに思われた。 16-3-32こう考えてくると、私はチベルジュに手紙を書く気になった。16-3-33いつもながら彼はあのとおり迅速に友情の手をさしのべてくれたからだった。16-3-34私はつぎの町に着くとさっそく手紙を書いた。 16-3-35私はル・アーヴル・ド・グラースに行かねばならなくなったので、急に金が必要になったのだという以外に理由は言わなかったが、マノンを連れているということは告白した。16-3-36私は百ピストールを頼んだ。16-3-37「それだけをル・アーヴルで郵便局長の手から取れるようにしてくれたまえ」16-3-38こう私は書いた。 16-3-39「こういうわけで、ぼくがきみの友情を濫用するのもこれが最後だ。16-3-40そして、こうしてぼくのかわいそうな恋人は永久にぼくの手から奪われるので、ぼくはこのまま彼女をたたせるのに忍びないのだ。16-3-41なんとかして彼女の力添えになって、彼女の逆運と、ぼくの死ぬほどの悲嘆をいくらかでもやわらげたいのだ」 16-3-42巡査どもが私の恋のはげしさを見抜いたとき、彼らはいよいよ手に負えなくなり、些細な恩恵の値をせり上げていって、とうとう私を一門なしにしてしまった。16-3-43それに、恋は財布の手加減など許してくれなかった。16-3-44私は朝から晩まで彼女のそばにへばりついているというていたらくだった。16-3-45そして、もう一時間が基準ではなく、一日が基準になっていた。16-3-46いよいよ、私の財布は完全にからっぽになったので、私は六人の賤民どもの気ままと暴行に直面することになり、その扱いの乱暴さにはとうてい我慢できなくなった。 貴人への言葉 16-3-47それをあなたはパシーでごらんになったわけですね。16-3-48あなたにお会いしたことは、運命の神によってあたえられた明るい晴れ間の一ときだった。16-3-49あなたが私の困っているのをごらんになって、同情してくださっただけで、私はあなたの寛大なお心を尊敬せずにはいられなかったのに、あなたが惜しげもなく私にあたえてくださったご援助は、私がル・アーヴルに行き着くのにどれほど役だったことか。 16-3-50そして、巡査どもも、正直にその約束を守ったのは意外なほどだった。16-3-51私たちはル・アーヴルに着いた。16-3-52何はおいても私は郵便局へ行った。16-3-53チベルジュの返事が着くにはまだ早すぎたのだった。16-3-54彼の手紙を受取るにはきっかり何日待てばいいのか調べてもらった。16-3-55それは二日後でなければ着かないということだった。15-3-56しかも、運の悪いときには悪いもので、私たちの船が出帆するのは、その定期便が来る日の朝だということがわかったのである。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/20、21

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