(16・2)方針転換、護送巡査に恭順を示し、随行の許可が得策

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第二部

(16) 2/3

16-2-1私はこの提案をしばらく熟考したが、どちらを見ても絶望の種ばかりなので、もう破れかぶれの決心をした。16-2-2つまり、私の仲間の助力を辞退することだった。16-2-3そして、巡査どもを襲撃するどころか、恭順の意を表して、その一隊に加えてもらうことを彼らに懇請しようと決心をしたのだ。 16-2-4マノンについて、ル・アーヴル・ド・グラースまで行き、さらに、彼女といっしょに海を渡る覚悟だったのである。16-2-5「世界じゅうの者どもがぼくを迫害したり裏切ったりする」16-2-6私は近衛兵に言った。16-2-7「ぼくはもうだれをも信用しないよ。16-2-8ぼくは運命の神にも人間の助力にも、もう何ひとつ期待なんかしないよ。16-2-9ぼくは不幸のどん底にいる。16-2-10だから、それに甘んじるよりほかはないのだ！16-2-11こうしてぼくはどんな希望にも目をつぶろう。16-2-12どうか神さまがきみの親切に報いてくださるように！16-2-13さよなら、ぼくはせいぜい自分の悪運に手つだってやって、わざとわが身の破滅を早めるようにしよう」 16-2-14彼はなんとかして私をパリにもどらせようとしたが、その努力もむだだった。16-2-15私は自分の決心どおりにほっておいてくれることを頼んだ。16-2-16そして、巡査どもが、私たちにまだ襲撃の意図があると思ってはいけないので、一刻も早く私のもとを去るようにと言った。16-2-17私はゆっくりと、ひとりで彼らのほうへおもむいた。16-2-18そして、いかにも疲れきった顔をしていたので、私がそばへ行っても、こわいことなどあるはずはなかった。16-2-19しかし、彼らは防御の態勢をとっていた。16-2-20「みなさん、安心してください」私は彼らに近づきながら言った。 16-2-21「ぼくはみなさんに喧嘩をうりに来たのじゃありません。16-2-22お願いがあって来たのです」16-2-23私は彼らに安心して旅をつづけてくれるようにと言った。16-2-24そして、歩きつづけながら、私のお願いだというその恩典について話した。16-2-25この申込をどういうふうにして受けいれるべきかを彼らは相談しあった。16-2-26その隊長が他を代表して口をきった。16-2-27彼の答えるところによれば、彼らが受けている囚人監視の命令は厳重をきわめている。16-2-28しかし、見うけたところ、なかなかかわいいところのある青年なので、すこしは大目に見ないでもない、だが、それにはいくらか金のかかることを承知してもらわなければ困る、ということであった。 16-2-29私には十五ピストールばかり残っていた。16-2-30私は財布の中身をありていに告げた。16-2-31「へえ、それは悪くない！」16-2-32巡査は言った。16-2-33「それだけあればなんとかしまさあ。16-2-34一時間に一エキュずつ払ってもらって、この女どものうちでいちばんあんたの気に入ったのと口をきくということにね。16-2-35まあ、これがパリの通り相場でしょうからな」 16-2-36私は特にマノンを名ざさなかった。16-2-37彼らに自分の恋を教えるのが本意ではなかったからだ。16-2-38彼らとしても最初は、若い男の気まぐれから、こんな女どもと暇つぶしをして、おもしろがっているくらいにたかをくくっていた。16-2-39ところが色恋だとわかると、彼らはべらぼうに値を上げたものだから、私たちがマントで泊って、パシーに着いた日には、私の財布はからっぽになっていた。 16-2-40この道中、マノンと交えた会話の内容がどんなに悲しいものであったか、また、彼女の馬車に近づく自由が看守から許されたとき、彼女の変りはてた姿が私にどんな印象をあたえたか、今さら、そんなことをあなたに申上げることもありますまい。16-2-41ああ！どのような表現だって、この胸の思いの半分も伝えることはできないでしょう。 16-2-42思ってみてもください。16-2-43私のかわいそうな恋人は、胴を鎖でつながれ、一握りか二握りほどのわらの上にすわったまま、馬車の片すみにぐんなりと頭をもたせかけていた。16-2-44青ざめた、その顔は涙でびっしょりぬれている。16-2-45彼女は目をふさいだままだった。16-2-46涙は、瞳に通りみちをつくって、川となり、ひっきりなしに流れてきても、巡査どもがわれわれの襲撃にたち騒ぐ気配にも、彼女は目を開こうとはしなかったのだ。16-2-47その下着はよごれて、よれよれになっている。16-2-48その華奢な手は、きびしい外気にさらされている。16-2-49要するに、あの美しい肉体、世界じゅうの人びとを偶像崇拝者にさせずにはおかないあのあでやかな姿も、言いようのない乱雑と落魄の中にあったのだ。 16-2-50私は馬車の片側に馬を寄せて、しばらくはただ彼女をうちながめているばかりだった。16-2-51私はあやうく落馬しかけたことも再三ではなかったほど喪心していた。16-2-52私は溜息と、いくたびかの呼びかけによって、彼女の視線をこちらに向けさせることができた。16-2-53彼女には私がわかった、と、思わず彼女は馬車の外にとび出て、私のそばまで来ようと試みたのだったが、鎖につながれている者の悲しさ、それ以上に伸びられるはずもなかった。16-2-54私は巡査らの同情に訴えてしばらく馬車をとめてもらおうとした。16-2-55彼らは欲得で承知した。 16-2-56私は馬をおりて、彼女のわきにすわった。16-2-57彼女は疲労と衰弱のために、しばらくは口をあけることも、手を動かすこともできずにいたほどだった。16-2-58そのあいだ、私は彼女の両手を自分の涙でぬらしていた。16-2-59そして、私自身とて一言も口がきけないままに、こうして私たちふたりは、この世に類のないような悲しい状態におかれていた。16-2-60私たちがようやっと口がきけるようになったときも、ふたりのかわす言葉はいっそう悲しかった。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/20、21

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