(15・5)警視総監、「汝は永久に知恵とは和解しないのか」

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第二部

(15) 5/10

15-5-1父は私が一週間前に書いた手紙を受取ったのである。15-5-2彼はそれを読んで非常な喜びを感じた。15-5-3しかし、私は自分の改心のことを言ってやれば、彼のご機嫌をとることができるだろうとたかをくくっていたものの、私の約束だけで安心していいと信ずる父ではなかった。15-5-4私の改心を自分の目でたしかめ、かつ、私の後悔の真実性を見きわめたうえでしかるべき処置をとろうと思ったのである。15-5-5父は私が投獄された翌日パリに着いた。 15-5-6彼はまずチベルジュを訪れた。15-5-7私への返事は彼宛にくれるようにと頼んでおいたからだ。15-5-8彼はチベルジュから私の住所も、私の現状も、知ることはできなかった。15-5-9ただ、私がサン・シュルピスを脱走して以来のおもだった事件を知っただけだった。15-5-10私はチベルジュと最近に会談した際、自分の心が善に向っていることを語ったのだったが、彼は私のその心境を父に有利に話してくれたのであった。 15-5-11彼は私がマノンと完全に手を切ったことは信じているものの、それにしても、一週間以来、音沙汰のないのはおかしいとつけ加えた。15-5-12私の父は間ぬけではなかった。15-5-13チベルジュがおかしいというその私の無音の中に、彼が見落している何ものかがあるということを父は見てとった。15-5-14そして、私のゆくえを捜そうと八方手をまわしたあげく、パリ到着後二日にして、私がシャトレーにいることを知ったのである。15-5-15父の訪問がこんなに早かろうとは私も予期していなかったわけだが、しかし、それよりも先に私は警視総監の訪問を受けたのだった。 15-5-16むしろ、彼らの用語で事を説明するならば、私は訊問を受けたのだった。15-5-17彼は私にニ、三の苦言を呈したが、しかし、それは無情なものでも、不親切なものでもなかった。15-5-18彼が言葉も優しく私にさとしたのは、私の不品行を遺憾に思うこと、G・・・・・M・・・・・氏のような人を敵にするなど賢明ではないこと、今度の事件には、じつをいうと、悪意よりも不謹慎と軽率の分子がより多くふくまれているのは一目瞭然としていること、しかし、なんといっても私が警視庁の厄介になるのはこれで二度目であること、そして、私はサン・ラザールでニ、三カ月も訓戒を受けたあとなのだから、もっと立派になっていると思っていたこと、などであった。 15-5-19私は物わかりのいい裁判官にかかるのがうれしくなって、あくまでうやうやしい、温和な態度で自分の意のあるところを説明したので、彼は私の説明にこのうえもなく満足したらしかった。15-5-20彼は私がむやみに悲しがることはないと言い、そして、私の身分と若さに免じて、力添えになってくれるつもりであると約束した。 15-5-21私は思いきってマノンのことを依頼し、彼女のしとやかさと善良な性質を賛美した。15-5-22彼はまだ彼女に会ってはいないが、人の話によれば、危険な人物だそうだと、笑いながら答えた。15-5-23この言葉はかえって私の愛情をそそったので、私の哀れな恋人をかばうために、私は情熱的な数千言を費やしたほどだった。15-5-24そして数滴の涙さえこぼさずにはいられなかった。15-5-25彼は私を自分の部屋に連れていくようにと牢獄に命じた。15-5-26「恋よ！恋よ！」と、この謹厳な法官は私の立ち去るのを見やりながら、叫んだ。15-5-27「汝は永久に知恵とは和解しないのだろうか？」 15-5-28私が悲しいもの思いにふけり、また、警視総監と交えた会話を思いかえしていたちょうどそのとき、部屋のドアの開く音がした。15-5-29父だったのだ。15-5-30数日後にはことことあるのを覚悟していたので、この会見に対する心構えは半ばできていたはずだのに、猛烈な衝動を受けないわけにはいかなかった。15-5-31もし足元に大地が口をあけたとしたら、私はいきなりその中にとびこんだことだったろう。15-5-32私はよほど狼狽したとみえ、しどろもどろになりながら父をいだこうとした。15-5-33父は腰をおろしたが、彼も私もまだ口をあけなかった。15-5-34私は帽子もなしで目を伏せたまま、棒立ちのままでいたので、「さあ、おすわりなさい」と父は厳かに言った。 15-5-35「さあ、おすわりなさい。15-5-36おまえの乱行と詐欺のことを聞いたおかげで、わしはおまえの居所を見つけたのだ。15-5-37人目を避けては暮すことのできないというのが、おまえのような値うちの人間の取柄かもしれない。15-5-38おまえの行くところ、名声をあげぬためしはないのだからね。15-5-39その行きつく先はグレーヴ仕置場というわけか、世界中の賞賛のうちに、そこでさらしものになる光栄をおまえが実際に獲得するのをわしは願ってやまない」 15-5-40私は一言も答えなかった。15-5-41彼はつづけた。15-5-42「ひとりの父親がわが子に優しい愛情をかけ、立派な人間に育てあげようと何ひとつ惜しまなかったのに、それが結局、親の顔に泥をぬるような不幸者になったと知ったら、これほど気の毒な父親はないだろう！15-5-43運の悪いということは、あきらめられるものである。15-5-44時がたてば忘れられもし、悲しみもうすらぐからだ、しかし、恥も外聞も失った道楽息子が、日ごとに重ねる悪事をなおす薬があるものだろうか？15-5-45おや、おまえはおとなしく黙っているね」彼はつけ加えて言った。 15-5-46「そら、そんなに謙虚そうな、虫も殺さぬ顔をしているところは、どうみても人類の中でいちばんの正直者といった格好じゃないか」15-5-47私はこの辱しめの一部に値することを認めないわけにはいかなかったが、それにしても、これはあまりに酷に過ぎると思われた。15-5-48私は自分の考えをありのままに説明してもさしつかえないと信じた。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/20

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