(14・8)マノンに恨み辛みを言い立てて後悔する騎士

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第二部

(14) 8/10

14-8-1「ああ、マノン、マノン」と、私は溜息をつきながら、ふたたび言った。14-8-2「きみはぼくを死ぬほど苦しめておいて、今になって涙を流してくれたって、もうおそすぎるよ。14-8-3きみは心にもない悲しみをよそおっているのだ。14-8-4きみの最大の不幸は、きっとぼくのいることだろう。14-8-5いつもきみの楽しみの邪魔になるぼくのいることだろう。14-8-6さあ、目をあけて、ぼくがだれであるかごらんよ。14-8-7人間って、自分が裏切った、残酷にも捨てさった不幸な男のためなんかに、そんなに優しい涙は流さぬものだ」 14-8-8彼女はその姿勢をくずさずに私の手へ接吻した。14-8-9「浮気なマノン」と、なおも私はつづけた。14-8-10「きみはなんて恩知らずの、不貞な女だろう。14-8-11きみの約束と、誓いはどこへいったというのか？14-8-12とてもとても浮気で、残酷な恋人だよ、きみはあの愛というやつを今もって誓っているのだが、いったい、そいつをどうしたというのか？14-8-13正しい神さま！」と、私はつけ加えた。 14-8-14「ひとりの不貞な女が、あなたをあれほど神聖にも証人としておきながら、今、あなたをこんなにあざけっていいものでしょうか？14-8-15それじゃうそつきが褒美をもらうようなものではありませんか！14-8-16誠実と貞節の人が、絶望し、捨てられていいものでしょうか！」14-8-17こういう言葉を述べながらも、私はいかにも苦々しい反省につきまとわれていたので、つい知らず涙をこぼしてしまった。 14-8-18マノンは私の声音が変化したことに気づき、やっと、沈黙を破った。14-8-19「きっとあたしが悪いのにちがいないんだわね」14-8-20彼女は悲しそうに言った。14-8-2「あなたをこんなにまで苦しめたり、怒らせたりしたんですもの。14-8-22でも、こうなる結果があたしにわかっていたのなら、それとも、こうなるようにわざと考えてしたのなら、どうか神さま、あたしを罰してくださいまし」14-8-23この最後の言葉は、無意味で、実のないものに思われたので、怒りのはげしい衝動に私は抵抗することができなかった。 14-8-24「それは恐るべき欺瞞だ」私は叫んだ。14-8-25「おまえは、無節操で、不良の女でしかないということが、これほどはっきり示されたことはない。14-8-26おまえのそのあさましい根性がもうわかったからには、おさらばだ、卑怯者め」14-8-27私は立ちあがりながら、なおもつづけた。14-8-28「これからおまえとつきあったりなんかするより、ぼくは死んでしまったほうが千倍もましなくらいだ。14-8-29ぼくがおまえをちょっとでも尊敬するようだったら、神さまがぼく自身のほうを罰したって仕方がない。14-8-30おまえは新しい男と同棲し、かわいがってやるがいい。14-8-31ぼくをきらい、名誉も良識も捨てるがいい。14-8-32ぼくはそれを笑うだけで、おまえは何をしたっていいんだ」 14-8-33彼女はこの激昂ぶりにひどく度胆をぬかれたらしく、私が腰をあげた椅子のところにまだ膝をついたまま、ふるえながら、息さえつかずに、じっと私を見つめていた。14-8-34私は立ちあがってばかりでなく、数歩だけドアのほうへ歩きかけたが、頭だけはそちらに向けて、彼女の上に視線を注いでいた。14-8-35しかし、彼女の魅力を無視して、冷酷になるためには、私は人間らしいあらゆる感情を失う必要があった。14-8-36ところで、私ときたら、そんな蛮力からはおよそ縁遠い男なので、突如として極端な反対に走って、彼女のほうへ引返した。14-8-37というよりは、思わず知らず彼女にとびかかったのだ。14-8-38彼女を両腕に抱きしめ、無数の優しい接吻をあたえ、自分の逆上したことを詫びた。14-8-39私は自分が野獣であると告白した。14-8-40そして、彼女のような少女に愛されることの幸福に値する者ではないとも言った。 14-8-41私は彼女をすわらせると、今度は私のほうがひざまずき、そして、この格好で私に傾聴してくれることを懇願した。14-8-42従順で情熱的な恋人が想像しうる最もうやうやしい、最も美しい気持ちをわずかな言葉にもこめて、彼女の許しを乞おうとした。14-8-43私を許してくれると、一口だけでも言ってくれと嘆願した。14-8-44彼女は私のうなじに両腕を巻きつけながら言うには、私にあたえて悲しみを忘れてもらうために、彼女自身こそ、私の寛大な心がほしかったとのこと、また、彼女が私に言おうとする弁解を、私が聞き入れないのではないかと、無理なことながら、それが心配になってきたとのことだった。 14-8-45「ぼくがだって！」と、私はすぐに彼女をさえぎって言った。14-8-46「ああ、そんな弁解なんかしなくたっていいんだよ。14-8-47きみのやったことにはなんだってぼくは賛成なんだ。14-8-48きみの行動の理由をとやかく言うなど、ほんとはぼくらしくなかったね。14-8-49ただ、ぼくのいとしいマノンが、心から愛してくれることさえ忘れなかったら、ぼくは満足すぎるくらいだ。14-8-50幸福すぎるくらいだ。14-8-51けれど」と、私は自分の運命のあり方を思いめぐらしながら、つづけた。 14-8-52「マノン、きみはぼくにとって全能だ！14-8-53ぼくの喜びも悲しみも思うがままにすることができるんだ。4-8-54ぼくはきみに屈服し、後悔のあかしを示してきみを満足させてのだから、ぼくの悲しみと苦しみをきみに語ることが許されないものだろうか？14-8-55きょう、ぼくはどうしたらいいのか教えてくれ、きみはぼくの恋がたきと一夜を明かすことによって、永久にぼくを亡きものにするつもりなのかどうか言ってくれ」14-8-56彼女はしばしその返事を考えていた。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/19

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