(14・5)美少女の前で嘆きのたうち回る騎士

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第二部

(14) 5/8

14-5-1この手紙の中には、私にとって、ひどく残酷で、ひどく侮辱的な何ものかがあった。14-5-2だから、しばらくは、激怒と苦痛のあいだに宙ぶらりんのまま、私は自分の恩知らずで、うそつきの恋人を永久に忘れてしまう努力を試みようとした。 14-5-3私は自分の前にいる少女の上に目を投げた。14-5-4彼女はなかなか美しかった。14-5-5そして、私は今度は自分がうそつきで、不実な男になれるほどこの娘が美しかったらと、どんなにか願ったことだろう。14-5-6しかし残念ながら、あの切れながのものうげな目を、あの清楚な姿を、愛の女神のいろどったあの血色を、要するに、大自然が無節操なマノンに浪費したところの、あの妖美のつきることのない泉を、私はこの少女のうちに見いだすことはできなかったのである。 14-5-7「いや、いや」と、私は彼女をながめるのをやめて、言った。14-5-8「あなたをここへよこしたあの恩知らずの女は、あなたにむだな手数をかけさせることぐらいは百も承知なんです。14-5-9あの女のところへお帰りなさい。14-5-10そして、ぼくからだと伝えてください、あの女は自分の罪を楽しんでいるのだ、平気で楽しんでいるのだとね。14-5-11ぼくはあの女を永久に見捨てます。14-5-12同時に、あらゆる女も思いきります。14-5-13どいつもこいつも彼女ほど美しくもないくせに、卑怯で不誠実であることは、おそらく彼女なみでしょうから」 14-5-14だから、私はもうこれ以上マノンにこだわることなく、このまま階下におりて、出ていく気持ちになっていた。14-5-15私の心臓を引きちぎろうとしたあの激烈な嫉妬は、どんよりした、生気のない静けさに姿を変じたので、私は自分の回復の近いことを信ぜずにはいなかった。14-5-16いつもなら、こんな場合、私はあの心の激動にめちゃくちゃになるのが普通だのに、そんな動揺はすこしも感じなかったのでなおさらのことだった。14-5-17ああ！私はG・・・・・M・・・・・とマノンにもてあそばれていたばかりでなく、恋そのものにももてあそばれていたのだ。 14-5-18私に手紙をとどけに来たこの娘は、私が階段をおりようとするのを見て、G・・・・・M・・・・・氏と、同伴の婦人にどう告げたらいいのかと、私の意向をたずねた。14-5-19この問いに私はふたたび部屋に引返した。14-5-20そして、はげしい情熱というものに覚えのない人びとには信じられないほどの変り方で、今までの平静から、たちまちにして、恐ろしい狂乱の中に自分を見いだしたのだった。14-5-21「行け」わたしは彼女に言った。14-5-22「おまえが持ってきたのろうべき手紙が、どんなにおれを絶望の淵に投げこんだか、裏切者のG・・・・・M・・・・・と、あの不貞の情婦に言ってくれ。14-5-23だが、いまにみろ、おれだっていつまでも笑い者にはなっていないぞ。14-5-24このおれの手で、きゃつらを重ねて四つにしてみせるから」 14-5-25私は椅子の上に身を投げた。14-5-26帽子は右に、ステッキは左に落ちた。14-5-27苦い涙が二筋になって目から流れはじめた。14-5-28今しがたの激昂の発作は、深い苦悩に変わった。14-5-29私はうめいたり、嘆いたりしながら、たださめざめと泣くばかりだった。14-5-30「おいで、いい子だ、こっちへおいで」と、私は少女に向って話しかけた。14-5-31「さあ、ここに来てくれ、だれかがおまえをよこしたのは、ぼくをなぐさめるためだったんだから。14-5-32でも、おまえは知っているかしら、怒りと絶望をなぐさめる言葉を。14-5-33あの生きている値うちもないふたりの不義者を殺してから、ぼくはみずからの命を絶ちたいのだが、ぼくのこんな願いをなぐさめる言葉をおまえは知っているかしら。14-5-34さあ、ここへ来てくれ」おずおずと、心もとなげに私のほうへ歩を運ぶ彼女を見ながら、私は言いつづけた。 14-5-35「さあ、来て、ぼくの涙をふいてくれ。14-5-36さあ、来て、ぼくの心に平和をあたえてくれ。14-5-37さあ、来て、ぼくを愛すると言ってくれ。14-5-38あんな不貞な女でない、ほかの女を愛する気持になれるように。14-5-39おまえは美しい。14-5-40たぶん、今度はぼくのほうがおまえを愛する番になるだろう」 14-5-41十六、七にもならぬと思われるその哀れな少女は、その同輩の女たちよりはしとやかそうに見うけられたが、このふうがわりの場面には、よっぽど仰天したらしかった。14-5-42それにもかかわらず、彼女はそばに寄ってきて、私に愛撫を試みようとした。14-5-43しかし、私は即座に彼女を両腕で押しやり、払いのけた。14-5-44「おれをどうしようというんだ？」私は言った。 14-5-45「ふん！おまえも女だな、おれの大きらいな、とても我慢のできぬ、あの女という部類だな。14-5-46虫もころさぬような顔をしていながら、不義のにおいがぷんぷんするのだ。14-5-47さあ、出ていけ、そしておれをひとりぼっちにさせておくんだ」 14-5-48彼女は一言も言わずに、ぴょこんと頭をさげると、そのまま背中を向けて、出ていこうとした。14-5-49私は、彼女を立ちどまらせようと、声をかけた。14-5-50「いいから、ぼくにただこのことだけを教えてくれ、なんのために、どういうふうにして、なんの目的で、おまえはここへよこされたか、ということだ。14-5-51どうしておまえはぼくの名前を知ったのか？14-5-52どうしてぼくの居所を知ったのか？」

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/19

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