(13・3)イタリヤ人侯爵を自宅に招いたマノンの悪戯(いたずら)

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第二部

(13) 3/3

13-3-1目がさめると、さっそく、マノンは私に宣告して、きょう一日は自分たちの家ですごすのだから、これ以上無精な格好はしてもらいたくない、髪の毛にしたって、自分が手ずからとかしてあげたい、と、こう言うのだった。3-3-2私の髪の毛はとても美しかったので、これが彼女の手なぐさみになったのはしばしばだった。13-3-3しかし、その日は、かつてこれまで見たことのないほどの、たいそうな念の入れ方だった。13-3-4彼女を満足させるために、私は彼女の鏡台の前にすわったまま、おしゃれのために、彼女の考案したいろいろさまざまの試みをおとなしく受けているよりほかはなかった。 13-3-5この仕事のあいだ、彼女はなんべんとなく顔を自分のほうに向けさせては、肩の上に両手をのせながら、私をまじまじともの好きそうにながめるのだった。13-3-6ついで、満足の情をあらわそうと一つ二つの接吻をしてから、また仕事をつづけるために、私をもとの姿勢にもどすのだった。13-3-7私たちはこんないたずらに昼飯どきまでかかった。13-3-8そのふざけぶりがいかにも自然だし、また、そのはしゃぎ方もわざとらしさがすこしも感じられないので、このようにふだんどおりの態度と、裏切りの奸策とはとうてい合致しそうもなかったから、私は彼女に胸中をうちあけて、自分をおしつぶしつつある重荷をおろそうかと幾度思ったかしれなかった。 13-3-9しかし、そのうちあけは彼女のほうからはじめるだろうと、その都度、私はうぬぼれていた。13-3-10そして、そう思うだけでも、私は勝利の快感に早くも酔わずにはいられなかった・13-3-11私たちは彼女の居間にもどった。13-3-12彼女はまたしても私の髪の毛をなおしはじめた。13-3-13そして、私も喜ばせてやろうと、彼女の言うなりしだいになっていたちょうどそのとき、取次ぎの者が来て、侯爵何々が、彼女に会いたいということだった。 13-3-14その名前を聞いて、私はかっと逆上してしまった。13-3-15「なんだと？」私は彼女を押しのけながら叫んだ。13-3-16「だれだと？侯爵だと？」13-3-17彼女は私の問いに一言も答えなかった。13-3-18「お通しして」彼女は落着きはらって下僕に言った。13-3-19それから、私のほうに向いて、「ねえ、あなた、あたしの大好きなあなた」彼女は心をとろかすような口調で言った。13-3-20「あんた、いい子だから、しばらくのあいだだけね、いいでしょう、しばらくよ、ほんのしばらくでいいのよ。13-3-21そのかわり、あとで千倍もかわいがってやるもの。13-3-22あたし、一生恩にきるわよ」13-3-23憤りと驚きに私の舌はひきつった。13-3-24彼女はその哀願をくりかえし、私は私でそれをはねつける侮蔑の言葉を捜した。13-3-25しかし、彼女は控室のドアの開く音を聞くと、私の肩に垂れている髪の毛を片手でつかまえ、また、ほかのほうの手で鏡を取って、ありったけの力をしぼりながら、私をこのままの格好で居間のドアのところまで引っぱっていった。13-3-26そして膝がしらでそのドアをあけながら、物音でびっくりしたらしく、部屋の真ん中へ棒立ちになったままの外人に、この驚くべき光景を提供した。 13-3-27私がそこに見いだしたのは、服装の非常に立派な、しかし、容貌のかなり醜悪な男だった。13-3-28相手はこの有様にあわて気味ではあったが、それでも丁重な挨拶をせずにはいなかった。13-3-29マノンは彼に口をきかす余裕をあたえなかった。13-3-30彼女は手にある鏡を相手に見せた。13-3-31「さあ、さあ、よくごらんになったうえで、正直なとこ言ってくださいな」彼女は言うのだった。13-3-32「あなたさまは、あたしの愛がほしいとおっしゃいますね。13-3-33これがあたしの好きな人ですの。13-3-34一生をちぎった人ですの。13-3-35さあ、どうぞご自身でよく比べてみてくださいな。13-3-36もしこの人とあたしの心を争うお考えなら、どういう根拠があってのことなのか、教えていただきたいものですわ。13-3-37だって、どうせあたしはあなたさまのいやしい下女ですけれど、その下女の目にさえ、イタリア中のどんな侯爵さまだって、あたしの握っているこの髪の毛の一本の値うちさえないと、こうあたしにはきっぱりと言いきれるんせすもの」 13-3-38前から用意しておいたに相違ないこの気ちがいじみた歓迎の辞を述べるあいだ、私は彼女の腕からぬけ出ようとどんなに努力してもむだだった。13-3-39それに、この身分ある人に礼を欠いたことを気の毒に思ったので、私は何か丁重な挨拶でも述べて、このわずかばかりの暴言の償いをしようという気にさえなった。13-3-40ところが、難なく落着きをとりもどしたこの男の返答は、いささか粗雑なものに思えたので、私もそんな心配をなくしてしまった。 13-3-41「お嬢さん、お嬢さん」彼はわざと笑顔をつくりながら言った。3-3-42「じつのところ、わたくし、目がさめました。13-3-43そして、わたくしが思っていたほどあなたが初心でないこともようくわかりました」13-3-44彼は彼女に目もくれずにそそくさと出ていったが、低い声で、フランスの女も、イタリアの女よりましとは言えない、と、捨てぜりふを残した。13-3-45この際、私はこの男にもっとましな女性観を持たせようという気には毛頭なれなかった。13-3-46マノンは私の髪の毛を放し、ソファにふんぞりかえると、部屋じゅうひびきわたるほどのげらげら笑いを爆発させた。13-3-47こんなたわいないまねも恋のしわざだと思えば、私はその心意気に心底から感動したことをかくす気にはなれなかったとはいえ、冗談も度を過ぎているように思われた。 13-3-48そのことでは私も叱責した。13-3-49彼女の語るところによれば、私の恋がたきは、ブーローニュの森で、幾日にもわたって彼女につきまとい、気取ったようすで自分の思いを伝えたあげく、彼女たちの一行を乗せてきた御者の手から、彼女に一通の手紙を渡させたのだったが、その中で、彼は自分の姓名をはじめ、称号のありったけを書きならべて、おおっぴらに恋をうちあけ、アルプス山のかなたに、かがやかしい富と、永遠の愛をさえ約束したのだった。 13-3-50彼女はこの事件を私に教えるつもりでシャイヨーにもどってきたが、これを種にして一つ楽しめると気づいたら、この思いつきに抵抗することができなくなった。3-3-51彼女はイタリアの侯爵に色よい返事を出して、自宅でお会いしてもかまわないと言った。13-3-52そればかりか、彼女は私にすこしも気づかせないようにして、私をも自分の計画の中に引入れるという第二の楽しみをこしらえたのだそうだった。13-3-53その情報なら別の方面からはいっているなどと、私は一言も言わなかった。13-3-54勝ち誇った恋に陶酔している私は、どんなことでも許してやることができたのだ。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/18

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