(2)(1)訪問は午後に限る

1-2-1-1この家で朝食（ちょうしょく）と呼ばれている食事（しょくじ）の席にふたりがついたのは、普通の人がとっくに昼食（ちゅうしょく）をすませているころであったが、その朝食が終ると、ペトロニウスはちょっと昼寝をしないかと言い出した。1-2-1-2彼に言わせれば、訪問にはまだ時刻が早すぎるのである。1-2-1-3なるほど世間（せけん）には日の出ごろに訪問を始めるばかりか、それがローマ古来（こらい）の習慣だと思い込んでいる者もいる。1-2-1-4しかし、彼、ペトロニウスは、これは野蛮人（やばんじん）の習慣（しゅうかん）だと思っている。 1-2-1-5訪問は午後に限る。1-2-1-6それも日がカピトリウムの丘のユピテル神殿の側に移って、ローマ広場を斜（なな）めに照らしはじめるまで待つがよろしい。 1-2-1-7秋はまだ暑い日が多いから、人（ひと）は好んで昼寝をする。1-2-1-8そのときには、アトリウムの噴水（ふんすい）の音にきき入りながら、規定どおり千歩（せんぽ）あるき、それから半（なか）ば引いた緋色（ひいろ）の幕をとおしてさし込んでくる赤い光の中でまどろむのがじつにいい気持だ。 1-2-1-9ウィニキウスはペトロニウスの言うとおりだと思った。1-2-1-10で、ふたりは散歩しながら、パラティウム宮（ぐう）や都内（みやこない）で話題（わだい）になっていることをのんびり話し合ったり、多少（たしょう）は人生論（じんせいろん）をたたかわせたりもした。 1-2-1-11それからペトロニウスは寝室（しんしつ）へ行ったが、そう長くは寝ていなかった。1-2-1-12半時間（はんじかん）もすると出てきて、香（こう）を持ってこさせ、匂（にお）いをかいだり、手やこめかみにすりつけたりした。1-2-1-13「まさかと思うだろうが」と、彼は言った。1-2-1-14こうすると元気が出てからだがひきしまる。1-2-1-15さあ、これでいい」。 1-2-1-16かごはずっと前から用意（ようい）ができていたので、ふたりはそれに乗って、パトリキウス街（がい）にあるアウルスの邸（やしき）までかついでいけと命じた。1-2-1-17ペトロニウスの邸はパラティウムの丘の南の斜面にあって、カナリエと呼ばれている区域の近くだから、ローマ広場の下手（しもて）をとおるのがいちばんの近道だが、ペトロニウスは途中（とちゅう）で宝石商（ほうせきしょう）イドメネウスのところへ寄（よ）るつもりだったから、そこでアポロ街とローマ広場をとおってスケレラトウス街へやれと命じた。1-2-1-18角（かど）にいろんな種類の店がひしめき合っているあの通りである。 1-2-1-19巨大な黒人（こくじん）たちがかごを担（かつ）ぎ上（あ）げて歩き出す。1-2-1-20その前を《供の者：ペデイセクイ》と称（しょう）する奴隷たちが進む。 1-2-1-21ペトロニウスはしばらく無言（むごん）のまま、くまつづらの香水（こうすい）の匂いのする掌（たなごころ）を鼻にあてがって何か考えていたが、やがてこう言った。 (ペトロニウス) 1-2-1-22「いま思いついたのだが、もしおまえの森の女神が奴隷でないとすると、プラウティウスの家を出て、おまえのところへ移ってきてもいいわけだ。1-2-1-23そうすればせいぜいかわいがって、贅沢（ぜいたく）をさせてやれるじゃないか。1-2-1-24ちょうどおれがおれの女神のクリュソテミスにしてやっているようにね。 1-2-1-25もっとも、これはここだけの話だが、おれはそろそろ、少なくとも先方（せんぽう）と同じくらいは飽（あ）きがきているがね」。1-2-1-26ウィニキウスは首を横に振った。1-2-1-27「どうしてだめなんだ」と、ペトロニウスはきいた。1-2-1-28「まかり間違っても、皇帝の処置に委ねるだけじゃないか。1-2-1-29そうなればおれの口ききひとつで赤髭（あかひげ）はおまえの肩を持ってくれるよ。1-2-1-30安心しているがいい」。 (ウィニキウス) 1-2-1-31「あなたはリギアをご存じないのです！」と、ウィニキウスは答えた。 (ペトロニウス) 1-2-1-32「そんならきくが、おまえはその女を知っていると言えるのかね−−−−おまえだってただちょっと垣間見（かいまみ）ただけじゃないのか。1-2-1-33その女と話したことがあるか。1-2-1-34恋（こい）を打ち明けたか」。 (ウィニキウス) 1-2-1-35「はじめに噴水（ふんすい）のそばで見かけたあと、二度会ったきりです。1-2-1-36なにしろアウルス家にいた時は、来客用のはなれに寝起（ねお）きしていましたし、それに手をくじいていたので、皆といっしょの食卓（しょくたく）につくわけにはいかなかったのです。1-2-1-３７あの家を出ることにしてあった日の前日（ぜんじつ）になってやっと、晩餐の時にリギアに会いましたが−−−−そのときにはひとことも言うことができずにしまったのです。1-2-1-38アウルスから、あの人がブリタンニアでおさめた数々の勝利の物語をきかされ、そのあと、すでにリキニウス・ストロ（前四世紀前半の護民官）が防止（ぼうし）につとめたイタリアの小地主（こじぬし）の没落（ぼつらく）の話をきかされたのです。 1-2-1-39いったいあのアウルスという人にほかの話題があるのかどうか、それはわたしにはわかりません。1-2-1-40あの話をきかされずにすむなどとは、わたしにはとても想像がつきませんね。1-2-1-41もっとも、いまは時勢（じせい）が柔弱（にゅうじゃく）になってきたという話なら、こちらさえきく気になればきかせてくれますがね。1-2-1-42あそこでは鳥小舎（とりごや）にキジを飼っているのですが、けっして食べません。1-2-1-43あの人たちはキジを一羽（いちわ）食（く）えば、それだけローマ帝国の滅亡が近くなるという信念（しんねん）があるのです。 1-2-1-44二度は庭の用水池のそばで会いました。1-2-1-45あの女はひき抜いたばかりの葦（あし）を手に持（も）って、穂先を水にひたしてはまわりに咲いている菖蒲（あやめ）に振りかけていました。1-2-1-46この膝（ひざ）を見てください。1-2-1-47ヘラクレスの盾（たて）にかけて誓いますが、この膝は雲霞（うんか：ちいさな群れをなしてとぶ昆虫：農家にしてみれば稲穂につく害虫）のようなパルティア軍がおめき叫んでわが部隊に襲いかかってきたときにもびくともしなかったのに、あの用水池のそばでふるえていたのです。1-2-1-48しかも首にまだお守りの玉をかけている子供のようにどぎまぎしてしまい、目で憐（あわれ）れみを乞（こ）うばかりで、長い間ひとことも言えなかったのです」。 (ペトロニウス) 1-2-1-49ペトロニウスはっちょっとうらやましそうな顔をしてウィニキウスを見た。1-2-1-50「しあわせな男だな！」と、彼は言った。1-2-1-51「たとえこの世や人間の生活がどんなに悪くなったとしても、いつまでも変わらずいいものとして残るものがひとつだけある−−−それは青春だ！」。1-2-1-52しばらくしてから今度はこうたずねた。1-2-1-53「で、話はしなかったのか」。 (ウィニキウス) 1-2-1-54「しました。1-2-1-55いくらか気を取り直してから、小アジア（現在のトルコ）から帰る途中、郊外で手をくじいてひどく苦しんだが、世話になったこの家を去ることになったいまとなっては、ここでの苦しみはほかのどんな場所でのよろこびにもまさっていることが−−−ここで病気でいるほうがよそで健康でいるよりましだということがわかった、そんなふうに言ったのです。 1-2-1-56女のほうも困りきった様子（ようす）で、うつむいてわたしの言葉をきいていましたが、ききながらサフラン色の砂の上に葦で何かの形を書きました。1-2-1-57それから目を上げて、もう一度自分の書いたしるしをながめ、それからもう一度何かききたそうにわたしの顔を見たかと思うと−−−突然逃げていってしまいました。1-2-1-58まるで森のニンフ（：＝女の妖精）がうすのろの牧羊神にでも出会ったようにね」。 (ペトロニウス) 1-2-1-59「きれいな目をしているのだろうな」。 (ウィニキウス) 1-2-1-60「海のような目です−−−わたしは海におぼれるようにその目におぼおれてしまったのです。1-2-1-61エーゲ海だって、あれほど青くはないでしょうよ。1-2-1-62そのうちプラウティウスの息子（むすこ）が走ってきて何かたずねましたが、わたしにはなんのことやらさっぱりわかりませんでした」。 (ペトロニウス) 1-2-1-63「おお、女神アテナ！」と、ペトロニウスは大きな声で言った。1-2-1-64「この若者から、エロス（愛欲の神）のつけた目かくしをはずしてください。1-2-1-65さもないとこの男はウェヌス（：＝英語名はビーナス）の神殿の柱に頭をぶつけて打ちくだいてしまうでしょうから」。1-2-1-66それからウィニキウスのほうを向いてこう言った。 1-2-1-67「おまえは生命（いのち）の木に萌（も）え出た春のつぼみだ、ぶどうの緑の若枝だ！1-2-1-68おまえはプラウティウスのところよりは、ゲロキウスの家へでも連れていったほうがよさそうだ。1-2-1-69あの家では人生（じんせい）のことを何も知らない若者たちの学校がひらかれているからな」。 (ウィニキウス) 1-2-1-70「おっしゃる意味がよくわかりませんが」。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに制作してよい」

ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義

略称：オリジナル教会

2019/8/26

（ささくら修道会規約）当会の用いる聖書は、口語訳聖書または文語体聖書に限られる。例外として、バルバロ聖書差分を、正式文書に加える。これ以外の、聖書の引用は厳禁される。日本語以外の聖書については、文語体聖書の内容に準じるものとする。異端文例（Today's English Version)

聖句引用：日本聖書協会　口語訳聖書 新約聖書（１９５４年改訳） 旧約聖書（１９５５年改訳） バルバロ聖書（旧約差分）

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