(1)(6)ヘルメスの役を承諾

1-1-6-1「すると、ヤツメウナギかイワシの子のようにからだが透きとおっているのかね」。1-1-6-2「ひやかさないでください、ペトロニウス。1-1-6-3わたしが自分の情欲（じょうよく）のことなど洗いざらいお話ししてあなたの誤解（ごかい）を召（まね）くといけませんから申し上げておきますが、派手な着物はしばしば深い傷をかくしているものです。

1-1-6-4それからもうひとつ申し上げておかなければならないことがあります。1-1-6-5小アジア（：＝今のトルコ共和国あたり）から帰る途中、わたしは夢のお告げを授かるためにモプソス（ギリシャ神話の有名な予言者）の神殿でひと晩過ごしました。1-1-6-6するとモプソス自身が夢に現れて、わたしの人生には恋愛によって大きな変化が起こると告げたのです。

1-1-6-7「神々は信じないが夢は信ずるとプリニウス（紀元７９年に死んだローマの大学者）が言うのをきいたことがあるが、ことによるとあの男の言うとおりかもしれん。1-1-6-8おれは冗談（じょうだん）ばかり言っているが、その合間（あいま）に時々はまじめに考えることもあるのだ、神はほんとうはひとりしかいない、それは永遠・全能の創造者ウェヌス・ゲニトリクス（がんらいローマ貴族の名門ユリア氏の祖としてのウェヌスをさすが、ここでは《万物の母ウェヌス》の意味か）だ、とね。

1-1-6-9この女神が霊魂を合体させ、肉体や物体を合体させるのだ。1-1-6-10この世界をカオスから呼び出したのはエロスだ。1-1-6-11呼び出したのがいいことだったかどうかは別問題だが、とにかく事態がそうなっているとすれば、エロスの力だけは認めないわけにはいかない。1-1-6-12その力（ちから）を祝福するしないは勝手（かって）だがね・・・・」。

1-1-6-13「ああ、ペトロニウス！1-1-6-14この世では適切な忠告を与えるよりは人生を論ずるほうが楽なのですね」。1-1-6-15「ではきくが、おまえはいったい何を望んでいるのかね」。1-1-6-16「リギアを手に入れたいのです。1-1-6-17いまは空気（くうき）ばかりを抱いているこの両腕でリギアを抱きしめて、しっかりと胸に押しつけたいのです。1-1-6-18あの女の息を呼吸したいのです。

1-1-6-19もしあれが奴隷だとしたら、わたしはあれの代わりとして、はじめて売りに出されたしるしに足を石灰（せっかい）で白く塗った娘を百人、アウルスにくれてやるでしょう。1-1-6-20わたしはこの頭（あたま）が冬のソラクテ（ローマの北方にある山の名）の頂（いあただ）きのように白くなるまであの女を家においておきたいのです」。

1-1-6-21「その女は奴隷ではないとしても、せんじつめればプラウティウスの《家の子》のひとりで、しかも捨て子なのだから、養女（ようじょ）と考えてもいいわけだ。1-1-6-22プラウティウスがその気になれば、おまえにゆずってくれるだろうよ」。

1-1-6-23「そうおっしゃるのは、ポンポニア・グラエキナをご存じないせいだと思います。1-1-6-24もっともあそこでは、夫婦（ふうふ）そろってあの女を実（じつ）の娘（むすめ）のようにかわいがってはいますが」。

1-1-6-25「ポンポニアなら知っているよ。1-1-6-26いとすぎ（糸杉：木の種類、ほっそりして背が高い）そっくりの女だ。1-1-6-27アウルスの細君（さいくん：＝妻）でないとしたら、泣き女にやと（雇）ってもいいくらいだ。1-1-6-28あの女はユリア（ティベリウス帝の養子ゲルマニクスの娘。紀元４２年ごろ追放され、間もなく殺された）が死んでからというもの、喪服（もふく）を脱いだことがない。

1-1-6-29いったいあれは、生きているうちからアスポデロス（ギリシャ神話で《極楽》に当たるエリュシオンの野に咲く花）咲き乱れた草地を歩きまわっているといった感じの女なのだ。1-1-6-30それにウニウィラ（《一生にひとりの夫しか持たぬ（ないしは持たなかった）女》の意味）ときている。1-1-6-31だから四度も五度も夫を取りかえたわが貴婦人（きふじん）たちの間ではフェニックスだとも言える・・・・。

1-1-6-32それはそうと・・・・1-1-6-33おまえはちうこの間エジプトの山地でほんとうにフェニックスが卵からかえったという話をきいたかね。1-1-6-34五百年にたった一度しかないできごとだよ」。1-1-6-35「ペトロニウス！1-1-6-36ペトロニウス！1-1-6-37フェニックスの話はまたべつのときにしましょう」。

1-1-6-38「それじゃなんと言えばいいのかな、ウィニキウス。1-1-6-39アウルス・プラウティウスなら、おれはよく知っている。1-1-6-40あの男はおれの暮らしぶりをひどく悪く言うが、ある程度おれに好意を寄せている。1-1-6-41ことによるとほかの連中（れんちゅう）よりはおれのほうがましだとさえ思っているかもしれない。

1-1-6-42おれがたとえばドミティウス・アファルモや、ティゲリヌス（ネロの寵臣、親衛軍司令官）や、そのほかの赤髭（あかひげ）の取り巻き連（れん）のように告げ口をしたことは一度もないことを知っているからだ。1-1-6-43なにもストア派を気取るわけではないが、おれはセネカやブッルス（ネロの師・政治顧問）が大目に見るようなネロの行動に対しても顔をしかめたことが一度や二度ではないのだ。1-1-6-44もしおれがアウルスに口（くち）をきいておまえのために何かしてやることができると思うのなら、ひと肌（はだ）脱（ぬ）いでやってもいいよ」。

1-1-6-45「あなたならできると思います。1-1-6-46あの人はあなたのおっしゃることならきくはずですし、それにあなたのお知恵ときたらそれこそ無尽蔵（むじんぞう）ですからね。1-1-6-47事情をよく調べてからプラウティウスに直接話してくだされば・・・・」。

1-1-6-48「おまえはおれの影響力や知力（ちりょく）を買いかぶっている。1-1-6-49だがもしたったそれだけのことなら、あの一家（いっか）がローマへ帰ってきしだいプラウティウスに話してやろう」。

1-1-6-50「二日まえに帰ってきていますよ」。1-1-6-51「そんならこれから食堂へ行こう、朝食（ちょうしょく）が待っているから。1-1-6-52そうやって腹ごしらえをしてから、プラウティウスのところへかごを出させることにしよう」。

1-1-6-53「いつもお世話にばかりなって」ウィニキウスは元気づいて答えた。1-1-6-54「ですが今度という今度はうちの守護神たちのまん中にあなたの像を−−−−あれと同じくらい立派なのを安置して、供物（くもつ）をささげることにしましょう」。

1-1-6-55そう言って彼はいい薫りのする客間のひとつの壁全体を飾っている立像のほうへふり向き、手に杖を持つヘルメス（：＝ギリシャ神話、神々の使者。幅の広い帽子をかぶっている）をかたどったペトロニウスの像を指さした。
 
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聖句引用：日本聖書協会　口語訳聖書
新約聖書（１９５４年改訳）
旧約聖書（１９５５年改訳）
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ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義
 
2019/8/21