(1)(3)猫も杓子(しゃくし)も詩人

1-1-3-1しかしウィニキウスが入浴を終えて、そのあと理容師たちに身を委ねたとき、読誦師（どくしょうし：レクトル）がパピルスの巻物を入れた青銅の筒を腹の上にかかえてはいってきた。1-1-3-2「きく気があるかね」と、ペトロニウスがたずねた。1-1-3-3「あなたのお作でしたら、よろこんで拝聴（はいちょう）します」と、ウィニキウスは答えた。1-1-3-4「ですがそうでないのならむしろお話がしたいと思います。1-1-3-5近頃（ちかごろ）はどこの街角（まちかど）へ行っても詩人につかまりますからね」。1-1-3-6「まったくね。1-1-3-7どこのバリシカ（長方形の公会堂：現在では「聖堂」の様式をしめしているが、この頃はまだキリスト教会はなかった）にしろ、どこの浴場にしろ、どこの図書館にしろ本屋にしろ、そばをとおりさえすれば、サルのような身振りの詩人をかならず見かけるからな。 1-1-3-8アグリッパは東方からもどったとき、あの連中を気違いだと思ったそうだ。1-1-3-9しかしいまはそういう時代なのだ。1-1-3-10皇帝が詩を書く。1-1-3-11だからみんながその真似をするのさ。1-1-3-12ただし皇帝よりいい詩を書くことは禁物だ。1-1-3-13だからおれはルカヌスのことが多少気になっている・・・・。1-1-3-14おれは散文を書くけれども、自分の前でも人の前でも読ませないことにしている。1-1-3-15さっきの読誦師が朗読するつもりだったのは、あの気の毒なファブリキウス・ウェイエント（当時の有力な元老院議官。著書『コディキリ』がネロの怒りにふれて追放された）の『コディキリ』だよ」。1-1-3-16「なぜ《気の毒》なのです」。 1-1-3-17「なに、あの男はオデッサ（黒海西岸の町オデッススを指すものか）に居残って、別命（べつめい）があるまでは家へ帰ってはならぬと申し渡されたからさ。1-1-3-18もっともあの男の流刑（オデッセイア）は、本物のオデッセウスのそれよりは楽なことだろうよ。1-1-3-19奴（やつ）の細君（さいくん）はペネロペイア（夫オデッセウスのトロイ遠征中、非道な求婚者たちに苦しめられた）とは違うからな。 アポロドーロスの『ギリシア神話』 高津春繁訳　岩波文庫　赤110-1 （１４）帰郷 オデュッセウスは祖国に帰ると自分の家が荒廃しているのを見出した。彼が死んだと思って、ドウリキオンよりは五十七人がペネロペに求婚していた。（中略）サメよりは二十三人、（中略）、ザキュントッスよりは四十四人、（中略）、イタケそれ自体より求婚者十二人。（中略）。これらの者は宮殿に来って、オデッセウスの家畜を費やし、宴を張っていた。 1-1-3-20それにしても、言うまでもないことだが奴も馬鹿（ばか）なことをしたものさ。1-1-3-21だがここではだれもかれも物事（ものごと）をかならず上っ面（うわっつら）だけで判断するからね。1-1-3-22あれはできの悪いつまらん本だ。1-1-3-23あの本がああも熱心に読まれ出したのは、作者が追放（ついほう）されてからのことさ。1-1-3-24いまではどこへ行っても『中傷（ちゅうしょう）だ！中傷だ！』とさわいでいる。1-1-3-25それはウェイエントの創作も少しはあるかもしれんが、この都のことも、仲間の貴族たちや女たちのことも知っているおれに言わせれば、実情はどこを取ってみてもあんななまやさしいものじゃないよ。1-1-3-26これは断言してもいい。 1-1-3-27ついでに言えば、いまでは猫も杓子（しゃくし）もあの本の中から自分のことを探し出しては心配したり、他人のことを探し出しては痛快がったりしている有様（ありさま）だ。1-1-3-28アウィルヌス書店では、百人もの写字生にあの本の口述（こうじゅつ）筆記をやらせている。1-1-3-29−−−売れることは間違いなしだ」。 1-1-3-30「あなたの悪口は書いてありませんか」。1-1-3-31「あるとも。1-1-3-32しかし作者はおれを誤解しているね。1-1-3-33おれはあれに書いてあるより悪い人間だが、あれほど鈍感な人間じゃないよ。1-1-3-34いいかね。1-1-3-35われわれは何が正しく何が正しくないのかという感覚を、とっくの昔になくしている。1-1-3-36おれ自身にしたところで、そんな区別はぜったいにないいと思っているのだ。1-1-3-37もっともセネカ（当時のストア派の哲学者。ネロの教師・政治顧問）やムソニウスやトラセア（いずれも当時のストア派の哲学者）は、その区別がわかっているようなふりをしてはいるがね。1-1-3-38ヘラクレスに誓って言うが、おれはそんな区別なんかないとしんから思っているのだ！1-1-3-39しかしいまでもなくなっていないおれの強みは、何がみにくくて何がうつくしいかを知っていることだ。1-1-3-40ところがたとえば、詩人で、戦車使いで、歌い手で、俳優でもあるわが赤髭（ネロの異名）にはそれがわかっていないね」。 1-1-3-41「それにしても、ファブリキウスは気の毒ですね！1-1-3-42あんないい人なのに」。1-1-3-43「自惚（うぬぼ）れのために身を滅ぼしたのさ。1-1-3-44みんなが奴を疑っていたが、はっきりしたことはだれも知らなかった。1-1-3-45ところが奴は自制できないで、どこへ行っても秘密だ秘密だと言いながらしゃべって歩いていたんだからな。1-1-3-46ときにおまえはルフィヌスの一件（いっけん）をきいたかね」。1-1-3-47「いいえ」。1-1-3-48「じゃあ、納涼（のうりょう）室（しつ）へ行って、涼（すず）みながら話してやろう」。1-1-3-49ふたりは納涼室へ移った。1-1-3-50室の中央（ちゅうおう）では薄いばら色に染めた噴水が、すみれの薫（かお）りを放ちながら吹き上げている。1-1-3-51ふたりは絹を敷きつめた壁の窪（くぼ）みにすわって涼（すず）んだ。1-1-3-52一瞬、沈黙（ちんもく）がつづいた。 エロスの愛こそ 1-1-3-53ウィニキウスはしばらくの間、物思いに沈みながら、牧羊神（ぼくようしん）のブロンズの像をながめていた。1-1-3-54牧羊神は自分の腕に抱かれてのけぞったニンフの唇を熱心に求めている。1-1-3-55やがてウィニキウスは言った。1-1-3-56「あれでいいんです。1-1-3-57あれこそ人生（じんせい）最大の楽しみですからね」。 1-1-3-58「まあね！1-1-3-59だがおまえはそのほかに戦争も好きじゃないか。1-1-3-60おれは戦争はきらいだ。1-1-3-61なにしろテント生活をしていると爪（つめ）が割れてばら色が薄れるからね。1-1-3-62もっとも道楽（どうらく）は各人各様だがね。1-1-3-63赤髭は歌うのが、ことに自作（じさく）の歌を歌うのが好きだ。1-1-3-64それからスカウルスのじいさんはコリントスの壺（つぼ）が好きで、夜は寝床の側に置き、眠れないときはその壺に接吻（せっぷん）をする。1-1-3-65おかげで壺の縁（へり）がすり減ってしまったそうだ。1-1-3-66それはそうとおまえは詩を書くかね」。

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（ささくら修道会規約）当会の用いる聖書は、口語訳聖書または文語体聖書に限られる。例外として、バルバロ聖書差分を、正式文書に加える。これ以外の、聖書の引用は厳禁される。日本語以外の聖書については、文語体聖書の内容に準じるものとする。異端文例（Today's English Version)

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ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義

2019/8/20