(1)(2)ヘレニズムな若き肉体

1-1-2-1健康！・・・・。1-1-2-2いや、彼は自分でも健康だとは思っていない。1-1-2-3とはいえ、もちろんまだあの若いシセンナほどひどくなっているわけではない。1-1-2-4シセンナときた日には、すっかり感覚が鈍くなって、朝、浴場へ運ばれていくとき、「おれは坐っているのかね」と人にきく始末だ。1-1-2-5では彼自身はどうかと言えば、やはり健康というわけにはいかない。1-1-2-6ウィニキウスはたったいまアスクレピオスとキュプロスの女神の加護を祈ってくれた。1-1-2-7だが彼、ペトロニウスは、アスクレピオスを信じていない。1-1-2-8このアスクレピオスという神は、母がいったいだれなのか、アルシノエなのか、それともコロニスなのか、それすらわかっていないではないか。1-1-2-9母親さえ疑わしいとすれば、父親にいたってはなおさらのことだ。1-1-2-10当節は自分の父親がだれかということすら、だれひとり断言はできないのだ！ 1-1-2-11ここでペトロニウスは笑い出して、先をつづけた。1-1-2-12「実を言うと、おれも二年まえに、エピダウロス（ペロポンネソス半島東海岸の都市。アスクレピオスの神殿があった）へ生きた大ツグミを三ダースと、金を杯に一杯奉献した。1-1-2-13だがそれがなんのためか、おまえにわかるかね。1-1-2-14おれは自分にこう言いきかせたのだ。1-1-2-15ご利益があるにしろ、ないにしろ、まさか罰は当たるまい、とね。1-1-2-16人間はいまでもこの世で神々に供物（くもつ）を捧げているが、せんじつめればみんな腹の中ではおれと同じことを考えているんじゃないのかね。1-1-2-17ひとりも例外なしにね！1-1-2-18もっともカペナ門のあたりで旅人（たびびと）が雇（やと）う騾馬（らば）追いなんかは例外かもしれない。 1-1-2-19アスクレピオスだけじゃなく、アスクレピオスの子孫（医師をさす）たちとも、おれはかかわりを持ったことがある。1-1-2-20去年、膀胱（ぼうこう）を少し痛めたときのことだ。1-1-2-21連中（れんちゅう）はおれのために夢占い（インクバテイオ）をやってくれたっけ。1-1-2-22連中が騙（かた）りだということは承知していたが、おれはそのときも自分に言いきかせた。1-1-2-23それがどうした！とね。1-1-2-24この世界は欺瞞（ぎまん）の上に成り立っているし、人生（じんせい）は幻（まぼろし）に過ぎない。1-1-2-25霊魂（れいこん）にしたところでやはり幻だ。1-1-2-26しかしわれわれはたのしい幻と不愉快な幻とを区別するだけの判断力だけはそなえているべきだね。 1-1-2-27おれはうちの床下暖房（ヒュポカウストウム）に、りゅうぜんこうをふりかけた香木（こうぼく）をたかせている。1-1-2-28生きている間は悪い匂（にお）いよりいい匂いをかぎたいと思うからだ。1-1-2-29おまえがさっきおれの加護を祈ってくれたキュプロスの女神にしても、そのご利益（りやく）のほどはわかっているよ。1-1-2-30おれにはなにかといえば右の足が痛み出すくせがあるからね。1-1-2-31いずれにしても、あれは親切な女神だ！1-1-2-32おまえにしたところで、おそかれ早かれあの女神の祭壇に白いハトを献（けん）ずることになると思うよ」。 1-1-2-33「おっしゃるとおりです」と、ウィニキウスは言った。1-1-2-34「パルティア人の矢はわたしには当たりませんでしたが、そのかわりアモル（ローマ神話の恋の神。いわゆるキューピッド）の矢にやられました・・・・。1-1-2-35しかも思いもかけず、都門（みやこもん）から数百歩のところでね」。1-1-2-36「カリスたち（ギリシャ神話で、美と優雅の三人の女神）の白いひざに誓って！1-1-2-37いつかひまなときにその話をきこうじゃないか」と、ペトロニウスは言った。 1-1-2-38「実はそのことでご相談に上がったのです」と、ウィニキウスは答えた。1-1-2-39だがちょうどそのとき、理容師が数人はいってきてペトロニウスの髪の手入れをはじめた。1-1-2-40ウィニキウスは肌着（トウニカ）を脱ぎ捨ててぬるま湯の浴槽の中へはいっていった。1-1-2-41ペトロニウスが入浴（にゅうよく）をすすめたからである。1-1-2-42「向こうもおまえに熱を上げているかどうかは、たずねるにも及ぶまいな」。 1-1-2-43ウィニキウスの大理石（だいりせき）を刻んだような若々しい肉体をながめながら、ペトロニウスは答えた。1-1-2-44「もしリュシッポス（紀元前四世紀後半のギリシャの彫刻家）がおまえを見たとしたら、おまえはいまごろ、青春時代のヘラクレスの像となって、パラティウム宮（ぐう）（アウグストウス：＝初代皇帝アウグスト）以来歴代の皇帝の居城」へ行く門を飾っていたろうよ」。 1-1-2-45青年はうれしげに微笑して、ヘラが眠りの神に向かってゼウスを眠らせるように頼んでいるところを描いたモザイクの上に惜しげもなく湯をあふれさせながら、浴槽に身を沈めた。1-1-2-46ペトロニウスは満足した芸術家（げいじゅつか）の目で彼をながめていた。

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（ささくら修道会規約）当会の用いる聖書は、口語訳聖書または文語体聖書に限られる。例外として、バルバロ聖書差分を、正式文書に加える。これ以外の、聖書の引用は厳禁される。日本語以外の聖書については、文語体聖書の内容に準じるものとする。異端文例（Today's English Version)

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ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義

2016/5/21 2019/8/16