(18)友チベルジュがニュー・オレルアンに、二人で帰国した

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第二部

(18)

18-1-1あなたは信じがたいことに思われるだろうが、このいたましい仕事についているあいだ、私の目からは涙一滴こぼれなかったし、私の口からは溜息一つもれなかった。18-1-2この茫然自失の状態と、断固とした死の覚悟が、絶望と苦悩のあらゆるはけ口を絶ったのである。18-1-3こうして私が墓穴の上にいつまでもこのままの姿勢でいたのも、まだ私にわずかばかり残っていた意識と感情を失ったからだった。 18-1-4ここまで聞いていただけば、私の物語の結末はそれほど重要ではないので、敷いて傾聴してくださるほどのこともなかろうと思われる。18-1-5サンヌレの死体が町に運ばれ、傷口を念入りに調べたところ、彼は死んでいないばかりか、致命傷さえ受けていないことがわかった。18-1-6彼は伯父に私との顛末を物語った。18-1-7そして、彼の雅量は、彼をしてすぐに私自身の雅量の内容を発表せしめた。 18-1-8私の捜索ということになったが、私ばかりかマノンもいないので、逃亡を決心したものと推定された。18-1-9追っ手を出すにはもうおそすぎたと思われたが、それでも、翌日も、その翌日も、私の追跡に費やされた。 18-1-10人びとはマノンの墓穴の上に、生きているとは思われない私の姿を見いだした。18-1-11そして、こういう格好の私を発見した人たちは、私が半裸のままで血まみれになっているのを知り、盗賊に会って、殺されたのだということを疑わなかった。18-1-12彼らは私を町へ運んだ。18-1-13運搬の動揺が私の意識を呼びもどした。 18-1-14私は目をあけた。18-1-15そして、今もって生きている人間の仲間入りをしている自分が情けなくて、私が思わずもらした溜息は、私にまだ救助の望みのあることを人びとに了解させた。18-1-16この救助は私にとってありがた迷惑だった。18-1-17私はまたしても狭い牢屋に閉じこめられずにはすまなかった。18-1-18私は調べられた。 18-1-19そして、マノンが現われないのは、怒りと嫉妬にかられて、彼女を片づけたためだという嫌疑を受けた。18-1-20私は自分の哀れな事件をありのままに物語った。18-1-21サンヌレはこれを聞いて苦痛のショックを受けたにもかかわらず、雅量のあるところを示して私の特赦を願い出た。18-1-22彼はそれを許された。18-1-23私は非常に衰弱していたので、人びとは私を牢屋から私の寝床まで運ばねばならなかったが、私はその寝床に三カ月いた。18-1-24思い病気のためだった。 18-1-25生に対する私の憎悪感はたえず死を願った。18-1-26そして、長いあいだ、どんな薬も強情に拒みつづけた。18-1-27しかし神は、私をこれほどまでにきびしく罰したあとで、私の不幸と懲罰を私にとって有益なものにしようというつもりらしかった。18-1-28神はその光で私を照らしたので、自分の家柄と教育に値するだけの思念が私のなかに生まれてきた。 18-1-29私の心もすこしずつ落着くようになり、この心境の変化はほどなく健康の回復をもたらした。18-1-30私はひたすら名誉にあこがれるようになった。18-1-31そして、自分のささやかな仕事にはげみながら、毎年一度、アメリカのこの地方に来るフランスの船を待っていた。18-1-32私は故郷へ帰るつもりだった。18-1-33そして、今後は規則正しい、賢明な生活をすることによって、これまでの不行跡の償いをする覚悟だった。 18-1-34私のいとしい恋の遺骸は、サンヌレのはからいで、ちゃんとした場所に運ばれた。18-1-35病気が回復してから六週間ばかりたったある日のこと、岸辺を散歩していると、商用でニュー・オルレアンに着いた一隻の船が目にはいった。18-1-36私は船員の上陸をながめていた。18-1-37そして、町のほうへ行くその人たちの中にチベルジュの姿を認めたとき、私は極度の驚きに打たれた。 18-1-38苦労のために私の容貌は変りはてていたろうに、この忠実な友は遠くから私だとわかった。18-1-39彼の旅行の唯一の動機は、彼に言わせれば、私に会って、私をフランスに連れもどすことだった。18-1-40ル・アーヴルから私の出した手紙を見た彼は、自分でそこへおもむいて、私が依頼したとおりに援助するつもりだったのに、すでに私は出発したと聞いたときの彼の悲嘆は限りなかった。 18-1-41もちろん、そこに出帆する船でもあったら、彼はすぐにもそれに乗って、私のあとを追ったにちがいなかった。18-1-42幾月ものあいだ、彼はさまざまの港で便船を求めた。18-1-43そして、ようやっと、マルチニック島に向って出航しようとしていた船をサン・マロで見つけたので、ともかくそれに乗った。18-1-44マルチニック島からだと、ニュー・オルレアンへの便船は容易に得られるだろうという望みがあったからだ。18-1-45そのサン・マロの船は、途中、スペインの海賊におそわれて、彼らの根拠地の島に連れていかれたが、彼は巧みに脱走した。 18-1-46そして、あちこち駆けずりまわったあげく、今着いたばかりのこの小さな船で、幸福にも私のそばに来る機会を見いだしたのであった。18-1-47このように寛大で、このように変わらぬ友に対して、私はどんなに感謝してもしきれなかった。18-1-48私は彼を自分の家に連れて行った。18-1-49私は自分の持っているあらゆるものを提供した。 18-1-50また、フランスを出てからわが身に起った一部始終を物語ったりした。18-1-51そして、むかし、彼が私の心の中にまいてくれた美徳の種子が、彼の満足してくれそうな果実を結ぼうとしていると私は言明したので、彼はこのうえもなく喜んでくれた。18-1-52このようにこころよい安堵の情は、旅の疲れを一掃してくれると、彼は断言した。 18-1-53私たちはフランス行きの船を待ちながら、ニュー・オルレアンで二月いっしょにすごした。18-1-54そして、ようやっと海上に出た私たちは十五日前に、ル・アーブル・ド・グラーースに上陸した。 18-1-55着くと私は家へ手紙を書いた。18-1-56兄からの返事で、父の悲しい死を知ったが、どんな点から言っても、自分の不行跡のせいだと思うにつけ、私は戦慄せずにはいられない。18-1-57カレーに行くには風向きが良かったので、私はすぐに乗船した。 18-1-58この町から数キロはなれた親戚にあたる人の家へ行くつもりだったからだ。兄の手紙では、私をそこで待ちうけていてくれるということだった。

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(マノン・レスコーの目次)

オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/21

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