(12・3)性懲りもなく友チベルジュをあてにする騎士

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第一部

(12) 3/4

12-3-1私は彼女のこの性癖は百も承知なので、翌日はさっそくパリに出かけた。12-3-2彼女の兄が死んだ事件以外にも、ふたりのための下着や衣服をととのえなければならないという、立派な理由があったので、べつに口実をつくる必要もなかった。12-3-3私は宿を出がけにマノンと亭主に向って、貸し馬車で行くつもりだと言ったものの、それは虚勢に過ぎなかった。12-3-4一文なしでは歩くより仕方がないので、クール・ラ・レーヌまで強行軍だった。12-3-5そこで一休みするつもりだった。 12-3-6パリですることを考えたり、計を立てたりするには、しばらくでもひとりで静かにしている必要があったからである。12-3-7私は草の上にすわった。12-3-8こうして私は無数の推理と思索の混乱の中へはいっていったのだったが、やがてそれらは三つの重要な項目に要約された。12-3-9今のところ、足りないものだらけだから、まず手っ取り早い救助策が必要だった。12-3-10つぎには、未来の見とおしがつくような方法を講ずることだった。12-3-11そして最後は、これも劣らず重要事なのだが、マノン、および、自分の身の安全をはかるために、情報を入手し、また、それに対して処置を講ずることだった。 12-3-12この三つの項目をさんざ練りまわしたあげく、さしあたり、あとのニ項目は削除してもさしつかえないと判断した。12-3-13人目を避けているには、シャイヨーで不都合なかったし、将来のことは、現在のことがうまくいった場合に考えてもおそくはないと信じたからだった。 12-3-14で、目下のところ、問題は私の財布をみたすことだった。12-3-15T・・・・・氏は気前よく自分の財布を提供してくれたのだったが、自分のほうから金銭問題にまで彼を引入れるのは私にとってとうてい耐えられないことだった。12-3-16だれが他人のところへ行って自分の貧乏をさらけ出し、彼の財産を分けてもらいたいなどと言えるものか！12-3-17そんなことのできる人間は、どんな下等のことをやっても平気でいられる卑怯漢か、さもなければ、このうえもない広い心のために、そんな恥辱などには超然としていられるような謙譲なキリスト教徒だけだ。 12-3-18ところで、私は卑劣漢でもなければ、善良なキリスト教徒でもないから、こんな屈辱を避けるためなら、自分の血液の半分でもくれてやったことだろう。 12-3-19＜チベルジュはどうだろう＞私は思った。12-3-20＜あの善良なチベルジュなら、自分にできることを拒むようなことはあるまい。12-3-21それどころか、ぼくの貧乏に心を動かすことだろうが、しかし、例の説教で悩ますこともたしかだろう。12-3-22彼の叱責や、訓戒や、威嚇を我慢しなければならないとすれば、彼の救助も結局は非常に高いものにつく勘定だから、心の動揺や後悔をあとに残すようなそんな不愉快な場面に身をさらすよりは、自分の血液の一部をくれてやったほうがまだしもいいような気がする。12-3-23よし、そんなら、どんな希望も捨てよう＞ 12-3-24私はなおもつづけた。12-3-25＜ほかになんの道もないのだから、それより仕方はあるまい。12-3-26これら二本の道に立ちどまる気にはとうていなれないとすれば、その一方の道を選ぶよりは、血液の半分を流すほうが本望だし、だから、二股かけたりなんかするよりは、血液の全部を流すほうがいいくらいなんだから、何もかも思いきるよりほかはない。12-3-27そうだとも＞と、私は一瞬の思考のあとで、つけ加えた。 12-3-28＜じゃ、血液全部をくれてやることにしよう、いやしい嘆願などに膝を屈するよりはまだしもそのほうがいい。12-3-29それにしても、今さしあたっての問題は血液云々じゃない！12-3-30マノンの命と扶養が問題なのだ。12-3-31彼女の恋と、彼女の貞節が問題なのだ。12-3-32彼女とバランスのとれるような何をぼくは持っているか？12-3-33今までだってこれっぽっちもなかったじゃないか。12-3-34彼女はぼくにとって光栄であり、幸福であり、幸運であった。12-3-35なるほど、それを得るためには、あるいは、それを避けるためには、自分の命を投げ出しても惜しくないようなものは世の中にいくらでもあることだろう。12-3-36しかし、一つの事を自分の命よりも大事にするということは、それをマノンくらいに大事にしているという理由にはなるまい＞ 12-3-37ここまで推理してくると、あとは肚を決めるのに手間どらなかった。12-3-38私はまずチベルジュの家へ、そして、そこからT・・・・・氏の家へ行く覚悟で、自分の道をつづけた。12-3-39パリにはいると、私は辻馬車をひろった。12-3-40払う金なんかなかったのだが、それは依頼先の助力をあてにしていた。12-3-42私はリュクサンブールまで馬車をやると、そこからチベルジュに使者を出して、彼を待っている旨を知らせた。12-3-43彼はすぐ駆けつけてくることによって、私の焦慮を消してくれた。12-3-44私はありのままに自分の窮状を訴えた。12-3-45いつかの百ピストールは返してあったので、彼はそれだけの額で十分かとたずね、苦情など一言も言わずに、あっさりと、すぐ取りに引返していったが、人に物をあたえるこうした喜びなど、愛と真の友情の持主にしてはじめて感じうるものであろう。 12-3-46私はこの無心が上首尾にいくことはいささかも危ぶんでいなかったとはいえ、このようにやすやすと聞きとどけられたのには驚いた。12-3-47つまり、私は自分の性こりのないのを叱りつけられなくてすんだわけだった。12-3-48とはいえ、彼の叱責からぜんぜんまぬかれたと思いこんでいたのは私の見当ちがいだった。12-3-49なぜなら、彼がそれだけの金額を私に渡し、そして、私が彼と別れようとしていたとき、彼は小道を一まわりしようと言いだした。 12-3-50私はマノンのことは話してなかったから、彼は彼女が出ていることは知らなかった。12-3-51だから、彼の訓戒はもっぱら私がサン・ラザールを無謀にも脱出したことのうえに落ちてきた。12-3-52そして、私がそこで受けたありがたい教訓を役だてようとするどころか、ふたたび放埓な生活をはじめるのではないかということをしきりに心配した。12-3-53私の脱獄の翌日、彼はサン・ラザールに私をたずねたところ、私がどんなふうにしてそこをぬけ出たかをきかされて、言葉も出ないほど驚いたそうである。 12-3-54彼はそのことで院長と話しあったが、この善良な神父はまだ恐怖からぬけきれずにいたということである。12-3-55それにもかかわらず、院長は私の脱獄のことを警視総監にかくしておいてくれたほど寛大だった。12-3-56そして、門衛の死については外部にもれないように処置したので、この点に関しても心配する必要はないそうだった。12-3-57しかし、もし思慮分別の心が多少なり私に残っていたならば、神が私のために働かせてくれたこのありがたい機転を善用するに相違ないだろう。 12-3-58何よりも私は父に手紙を書いて、和解する必要がある、そして、もし彼の忠告に一度だけでも従う気持があるのなら、私はパリを去って、家族のふところに帰るべきである、と言うのだった。2-3-59私は彼の説法を最後まで傾聴していた。12-3-60そこには満足すべきことがたくさんあった。 12-3-61第一に、サン・ラザールのことでなんら心配する必要のないことが何よりありがたかった。12-3-62パリの町々は私にとってふたたび自由の天地になったわけだ。12-3-63第二には、マノンが脱獄して私と同棲していることをチベルジュがすこしも気づかずにいることが私には好都合だった。12-3-64彼女について語るのをなるべく避けているようにさえ見うけられたのも、私自身、そのことはそっとしておいたので、きっと以前ほど彼女が私の頭の中にいないためだと考えたからだろう。 12-3-65それから、生家に帰ることはともかくとして、少なくとも、彼の勧めるように父へ手紙を出して、私の義務であり、父の意思である秩序ある生活にもどるつもりであることを証明しようと決心した。12-3-66私の希望は学院で勉強するのを口実にして、父に父に金を送らせることだった。12-3-67なぜなら、僧籍にもう一度はいるなどと言っても、父を説得するのはむずかしかろうと思われたからだ。また事実、私はぜんぜん心にもないことを父に約束しようとしたわけではなかった。12-3-68それどころか、私の恋の邪魔にならぬかぎり、私は何か正しい、筋道のとおったことに身を入れようと、はげんでいたのだった。 12-3-69私はマノンといっしょに暮すかたわら、勉強をやっていく考えだった。12-3-70それは両立しないはずはなかった。12-3-71私はこの考えにすっかり悦に入り、きょうじゅうに、父へ手紙を書き送ることをチベルジュに約束した。12-3-72彼に別れると、私は実際に郵便局へはいって、いとも優しい恭順な筆法で文句を書いたので、父の心から何ものかかちうることを私は疑わなかった。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/17

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