(12・2)シャイヨーの宿に着き、次の災難を待つ二人

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第一部

(12) 2/4

12-2-1車を急がせながらも、私はマノンをなぐさめていたが、実際の心は真っ暗だった。12-2-2もし私がこの両腕の中に抱きかかえている唯一の宝が、命への執着心を起させなかったとしたら、私はとっくの昔に死んでいたことだったろう。12-2-3彼女がいると思うことだけが私を元気づけてくれた。 12-2-4＜すくなくともぼくには彼女がある>12-2-5私は自分に言いきかせた。12-2-6＜彼女はぼくを愛している。12-2-7彼女はぼくのものだ。12-2-8チベルジュの言うのはうそだ。12-2-9それは幸福の亡霊なんかじゃない。12-2-10ぼくは全宇宙が崩壊するのを見ても、知らん顔をしていることだろう。12-2-11なぜだって？12-2-12彼女以外のものなんてどうだっていいからだ＞12-2-13この感慨にうそいつわりはなかった。 12-2-14しかし、私が浮世の財宝をこのように軽んじながら、すくなくとも、その一小部分を持つことは、残り全部をなおいっそうの権威をもって軽蔑するためにも必要であるように思われた。12-2-15恋は富よりもはるかに強い。12-2-16財宝よりも、富裕よりも、はるかに強い。12-2-17しかし、恋はそれらの力を借りる必要がある。12-2-18そして金ゆえに、いやいやながらも、卑しい根性になりさがるくらい、気の弱い恋人にとってやりきれないものはあるまい。 12-2-19シャイヨーに着いたのは十一時だった。12-2-20宿屋ではなじみ客として待遇された。12-2-21男装のマノンを見ても驚く者などなかった。12-2-22パリや、パリの近郊では、女がいろいろな服装をするのを見慣れているからだった。12-2-23彼女へのサービスは、私のあの全盛時代と変わらぬようにさせたので、彼女も私が金に困っているとは知らなかった。12-2-24彼女に何ひとつ知らせないように気をつけていたのも、翌日は単身パリへ引返して、この難局をなんとか切りぬけるだけの金策をする覚悟だったからである。12-2-25食事をしている彼女を見ると、顔色が悪くて、やつれているように思われた。 12-2-26オピタルでそれに気づかなかったのは、彼女の部屋がおよそ明るいとは言えなかったからだろう。12-2-27これは彼女の兄が殺されるのを見たときの恐怖がまだ残っているせいなのかと、私がたずねたところ、あの珍事に心を痛めたことは事実であるが、顔色の悪いのは、私に合わずにいるのを辛抱したためだと彼女は断言した。12-2-28「そんならぼくをとても愛していてくれたんだね」私は言った。 12-2-29「口で言える千倍も、もっと、もっとよ」彼女は答えた。12-2-30そんならもう絶対にぼくのそばを離れないね」2-2-31私はつけ加えて言った。12-2-32「ええ、それもう絶対よ」12-2-3こう彼女は答えて、この確言を多くの愛撫と誓約で立証したので、彼女がそれを忘れるなどとは、とうてい、ありえないことのように思われた。12-2-34私は彼女の誠実であることをいつも信じて疑わなかった。12-2-35あれほどまでにみずからを偽らねばならない理由があったろうか？ 12-2-36ただ彼女は浮気だったのだ。12-2-37というよりは、浮気以上の何ものでもなかったのだ。12-2-38そして、彼女は自分が貧乏で困っているとき、贅沢な暮らしをしている女でも見せつけられると、自分で自分がわからなくなるのである。12-2-39これから私はその証拠を握ることになるのだが、それはこれまでのどんな証拠をもしのぐほどの最も典型的なもの、その結果として、私のような生れと境遇の人間にはかつて起ったこともないような、およそふうがわりの事件が起ったのだ。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/17

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