(10・5)恋愛と宗教を哲学する騎士とチベルジュ

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第一部

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10-5-1私たちの会談は友情であふれていた。10-5-2彼は私の心境を知りたがった。10-5-3私は脱獄の計画をのぞけば、腹蔵なく自分の意中をうちあけた。 10-5-4「ねえきみ、ぼくはぼくでないものを、今さら、きみの目に見せようなんて思わないよ」私は言った。10-5-5「もしもきみが、欲情をおさえることのできる、賢明なひとりの友、天罰によって覚醒したひとりの遊蕩児をここに見いだしたとしたらばね、一口に言えば、恋愛の束縛をぬけ出た心、美しいマノンの夢からさめた心を見いだしたとしたらばね、それはあまりにもぼくに都合のいい判断というものだ。 10-5-6きみがいま見ているぼくは、四カ月前から見捨てられたままのぼくなのだ。10-5-7相変らず恋することが好きで、そして、この宿命的な恋ゆえにいつも不幸にされるのだが、そのくせ、この恋の中に、自分の幸福をたゆまず捜そうとしているぼくなのだ」 10-5-8これに対して彼は答え、私の告白は許しがたいものである、世の中には、悪徳による偽りの幸福に酔って、美徳による幸福よりもはるかにそれを高く評価しているような罪びとが往々にしてあるものである。10-5-9しかし、彼らが執着しているのは、すくなくとも幸福の幻影であって、外観にだまされているのにすぎない。10-5-10ところで、私の場合はどうかというに、私の執着の対象は、私を罪人にし、不幸にする以外は役にたたないことを自分でも承知しながら、相変らず、みずからすすんで悲運と罪悪の中に身を投じようとするのは、明らかに思想と行為の矛盾であって、これは私の理性の誉れになることではあるまい、と言うのである。 10-5-11「チベルジュ！」と私は言った。10-5-12「こっちがきみの武器に刃向おうとしないので、きみが勝つのは造作ないことさ！10-5-13しかし、今度はこっちの番だ。10-5-14ぼくにも理屈はある。10-5-15きみは美徳による幸福ということを言ったが、いったい、それには苦痛も障害も不安もないと主張する気かい？ 10-5-16それならば、牢獄だの、十字架だの、刑罰だの、圧制者の拷問だのに、きみはなんという名前をあたえるつもりかね？10-5-17神秘論者じゃないが、肉体を苦しめるものが魂の幸福だと言うのだろうか？10-5-18まさかね、これはとんでもない逆説なんだからね。10-5-19してみれば、きみがそんなにちやほやする幸福にも、無数の苦痛がまざっているわけなんだ。10-5-20もっと正確に言うなら、それは不幸という糸でできた織物にすぎないんで、ただ、人はそれをくぐって幸福に達するんだ。 10-5-21ところで、想像をたくましゅうしてだね、それらの不幸とて、結局は望みどおりの幸福な境地に導くことになるのだから、その不幸自体の中に喜びが見いだされるのだとすれば、ぼくの場合、これもまったく似たような心境なのだから、どうしてきみはそれを矛盾だの、非常識だのと言うのだろう？ 10-5-22ぼくはマノンを愛している。10-5-23ぼくは無数の艱難を越えて、彼女のそばで幸福に、平穏に暮すことを目がけている。10-5-24ぼくの歩いている道はけわしいが、自分の目的に達するという希望があるので、その道にはいつも春風がただよっている。10-5-25ぼくは一分間でも彼女といっしょに暮したら、そのためにどんなつらい思いをしても、十分すぎるほで報いられたと思うだろう。 10-5-26だから、きみの見方からしても、ぼくの見方からしても、結局、すべては同じじゃないか。10-5-27もし多少の相違があるとすれば、それだけぼくのほうには有利になるわけなんだ。10-5-28なぜって、ぼくの望む幸福は手近なところにあるのに、きみのは遠いところにある。10-5-29ぼくの幸福は、苦痛の性質を持っている。10-5-30つまり、肉体に感じられる幸福なのだ。10-5-31ところが、きみの幸福はとらえようのないもので、ただ信仰によってたしかめられているのにすぎないのだ」 10-5-32チベルジュはこの論法に恐れをなしたらしかった。10-5-33ふた足ばかりあとずさりしながら、ひどくまじめくさったようすで、私の言うことは良識を傷つけるばかりでなく、それは背教的な、無宗教的な、悲しむべき詭弁であると言った。 10-5-34「なぜって」と彼は付言した。10-5-35「きみの苦痛の結果を、宗教によってもたらされる結果に比較するなんて、勝手きわまる、奇怪千万の思想だからだ」 10-5-36「ぼくの思想が正当なものでないことはぼくも認めるよ」私は語をついだ。10-5-37「だが、気をつけてくれたまえ。10-5-38ぼくはその思想にぼくの推論を向けているのじゃないんだよ。10-5-39ぼくが不幸な恋にいつまでも執着しているのを、きみは矛盾だと呼んだが、それを弁明するつもりだったのだ。10-5-40そして、ぼくは十分に証明したと思うんだが、よしそれが矛盾であるにせよ、きみだってぼく以上にそれからぬけ出られないのじゃないかしら。10-5-42ただこの点について、ぼくはいろんなことを平等に取扱ったわけなんだが、今もって、この説は主張するね。 10-5-43おそらくきみならば、美徳の究極は恋愛のそれよりも無限に上位にあると答えるだろう。10-5-44それを認めることをだれが拒むものか？10-5-45だが、問題はそれじゃなかろう？10-5-46美徳にせよ、恋愛にせよ、それらが苦難に耐えさせるだけの力を持っているかどうかが問題ではなかろうか？10-5-47結果から判断するとしよう。 10-5-48世の中にはきびしい徳行からの脱落者はずいぶん見うけるが、恋愛からの脱落者はめったにないじゃないかね。10-5-49きみの答えはもうわかっているような気がするよ、善を行うには、苦痛が伴うにせよ、その苦痛、必ずしも不可避のものでも、必然的のものでもない、それに、きょう日では、専制君主だの、十字架だのというものは存在していない、また、高徳の士で、楽しい、平安な生活を送っている人もおおぜいいる、と、こう言うつもりだろう？ 10-5-50それならそれでぼくにだって言い分はある、恋愛にも平安で幸運のもあるんだよ。10-5-51そして、ぼくにとっては非常に有利な相違をつけ加えれば、恋愛は人をだましやすいものであるにせよ、これはすくなくとも人に満足と歓喜しか約束しないからね。10-5-52それに反して宗教はどうだろう、人に難行苦行させることばかり考えているじゃないか」10-5-53そして私は、彼の熱をおびた顔がべそをかくのを見ながら、つけ加えて言った。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/16

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