(10・1)屈辱のサン・ラザールから抜け出すためなら

「騎士グリュウとマノン・レスコーの物語」

第一部

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10-1-1彼が知っているということは、私にとって何よりも手痛かった。10-1-2私は絶望のありとあらゆる表情をしながら、涙を滝のように流した。10-1-3私の知人たちのもの笑いになり、一家の名折れになるような屈辱には我慢できなかったからである。10-1-4こうして私は一週間を失望のうちにすごしたが、そのあいだ、私は自分の汚名ばかりが気にかかって、何ひとつ聞くこともできなかった。 10-1-5マノンの思い出さえ、私の苦痛にはなんの役にもたたなかった。10-1-6たとえマノンの思い出がすくなくとも私の苦痛の中にはいってくるにしても、それはこの新しい悩み以前にあった一つの感情としてであった。10-1-7そして何より私の魂を支配する情念は、恥辱と困惑のみであった。10-1-8このような人間の心の特異な活動力を知っている人はほとんどあるまい。10-1-9普通の人びとが感ずる情念といえば、せいぜい五つか六つくらいのもので、その範囲内で、彼らの生活はすごされ、彼らの心の動揺にしても、ことごとくその内に還元されてしまう。 10-1-10彼らから、愛と憎しみを、快楽と苦痛を、希望と恐怖をとり去ってみよ、彼らはもはや何ひとつ感じないであろう。10-1-11しかし、もっと高尚な性格をそなえた人びとなら、さまざまに心は動揺するはずである。10-1-12彼らは五官以上のものをそなえているらしく、人間本性の一般の限界を越えるような思想も感覚も受けいれることができるのであろう。10-1-13そして、彼らはこの偉大性によって凡俗の上に高く位しているという自覚があるので、もはや、ねたましいものなど何ひとつないのである。 10-1-14だからこそ、侮蔑と嘲笑は彼らの最も耐えがたしとするもので、恥辱は彼らにとって最もはげしい情念の一つなのである。10-1-15この悲しむべき特質を私はサン・ラザールで持っていたのである。10-1-16私の悲しみ嘆くさまがあまりにも極端に見えたのか、院長はその結果を恐れ、私に対しては非常におだやかで寛大な扱いが必要だと考えた。10-1-17彼は日にニ、三度は私を訪れた。10-1-18私を連れ出して、庭を一まわりするようなこともよくあったが、そんなとき、彼は熱心に説ききかせ、有益な忠告をあたえてくれた。 10-1-19私もおとなしく受け入れ、感謝の情をさえ示した。10-1-20そこに彼は私の改心の希望をつないでいた。10-1-21「きみという人間は、ほんとに優しくって、すなおである」10-1-22ある日、院長は私に言った。10-1-23「だから、不品行で引っぱられるなんて、わしには理解できない。10-1-24わしには腑に落ちぬことが二つあるんだがね。10-1-25その一つは、こんなに善良な性質を持っていながら、どうしてそんな不良になったかということ。10-1-26そして、もう一つは、これにはわしはなおいっそう感じているんだが、何年も放埓な悪習にそまったあとで、きみがどうしてそんなに心からわしの忠告や訓戒を受けいれてくれるかということだよ。10-1-27もしそれが改心のためなら、きみは神の慈悲を示す立派な例証ということになるし、もしそれが生れながらの善良のためなら、すくなくともきみは道義というものの立派な素質を持っていることになる。10-1-28だから、いつまでもこんなところに引きとめておかなくても、きみを方正な生活に導くことはできるのじゃないかという希望をわしは持っている」 10-1-29院長が私をこのように評価しているのを知って、私は有頂天になった。10-1-30で、私は彼をあくまで満足させてやるようにふるまって、いっそうその意を迎えようと決心した。10-1-31というのも、これが私の刑期をちぢめる最も確実な方法だと信じたからだった。10-1-32私は書物を請求した。10-1-33読みたい本の選択を私にまかせた彼は、私が数人のまじめな作家ばかりを選んだことを知ってびっくりした。10-1-34私は勉学にいそしんでいるようによそおった。 10-1-35そして、機会あるごとに、こうして自分の改心のあかしを示そうとした。10-1-36しかし、それはうわべばかりのことだった。10-1-37恥ずかしい話だが、そう告白せざるをえない。10-1-38私はサン・ラザールで偽善者の真似をしていたのだ。

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オリジナル教会の権能：「あなたの思うがままに作成してよい」 ページ制作者　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 2020/6/15

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