１２（１）訪問者ノワルティエ

1-12-1-1ノワルティエ氏−−−まさにはいってきたのはその人だったが、彼は、召使（めしつかい）が戸をしめてしまうまで見送っていた。1-12-1-2そして、次の間で立ち聞きしてはいないかと気づかうように、出て行った後を、もう一度開けてみた。1-12-1-3その心づかいはむだではなかった。1-12-1-4というのは、ジェルマンの出て行き方の早かったことからいって、彼もまた、われらの祖先たちの身をあやまらせた欠点（けってん）の所有者（しょゆうしゃ）にちがいなかった。 1-12-1-5ノワルティエ氏は、自分で次の室の扉を閉めに行った。1-12-1-6そして、帰って来ると寝室の扉を閉め、閂（かんぬき）をおろし、それからビルフォールのそばへきて手を出した。1-12-1-7ビルフォールは、それらの一挙一動（いっきょ・いちどう）を驚いて見まもりながら、まだその驚きから覚（さ）めずにいた。 1-12-1-8「どうした！1-12-1-9ジェラール、」ノワルティエ氏は、なんとも名状しがたい微笑（ほほおえみ）とともに、ビルフォールを見ながらこう言った。1-12-1-10「わしに会って、どうやら嬉（うれ）しくないようじゃないか？」。1-12-1-11「そんなことがあるものですか、お父さん」と、ビルフォールは言った。1-12-1-12「嬉しいです。1-12-1-13だが、まさか訪（たず）ねてみえようとは思っていなかったので、いいささかあっけにとられているわけです」。 1-12-1-14「だが、」と、ノワルティエ氏は腰（こし）をおろしながら言った。1-12-1-15「それはわしにとっても同じことと言えるだろう。1-12-1-16どうしたというのだ！1-12-1-17許婚式を二月二十八日にマルセイユで挙げると言っておきながら、三月三日にパリにくるとは？」。1-12-1-18「きましたわけは、」ジェラールは、ノワルティエ氏のそばに身をよせて言った。1-12-1-19「喜んでください、それはあなたのためなのです。1-12-1-20そして、この旅のおかげで、お父さんはたぶんお助かりなるのです」。 1-12-1-21「ほほう、」とノワルティエは、掛けていた安楽椅子のなかにだらしなく体をのばしながら言った。1-12-1-22「なるほど！ひとつ話して聞かせないか、おもしろかろう」。1-12-1-23「お父さん、あなたはサン・ジャーク町のボナパルト党のクラブのことをお聞きになったでしょう？」。1-12-1-24「五十三番地だな？1-12-1-25知ってるよ、わしはそこの副会長だ」。1-12-1-26「あなたが平気（へいき）でいらっしゃるのを見て、わたしはふるえあがります」。 1-12-1-27「どうしたというんだ？1-12-1-28山岳（さんがく）党員（とういん）には追っぱらわれ、草刈車（くさかりぐるま）にかくれてパリを抜け出し、ロベスピエールの間諜（かんちょう：スパイ）にボルドーの原（はら）に駆り立てられたわしのことだ。1-12-1-29どんなことにも馴れてしまっている。1-12-1-30つづきを話さないか。1-12-1-31で、そのサン・ジャーク町のクラブでなにがあった？」。1-12-1-32そこへケネル将軍（しょうぐん）がよばれたのです。1-12-1-33そして、晩（ばん）の九時に出て行った将軍は、翌日（よくじつ）セーヌ河で死体となって見つかりました」。 1-12-1-34「そんな話を誰から聞いた？」。1-12-1-35「王さま御自身からです」。1-12-1-36「では、わしはお前から聞かせてもらったお礼に、」と、ノワルティエは言葉をつづけた。1-12-1-37「お前に一つのことを知らせてやろう」。1-12-1-38「お父さん、わたしはあなたのおっしゃろうとしておいでのことを知っているかもしれません」。1-12-1-39「ほほう、お前は、皇帝陛下の上陸（じょうりく）されたことを知っているか？」。 1-12-1-40「しいっ、お父さん。1-12-1-41あなたのためです、それにまたわたしのためでもあるのです、ええ、わたしはその知らせを知っていました。1-12-1-42しかもあなたより先に知っていました。1-12-1-43というのは、三日前から、わたしは、心配でならないそのことを、自分より二百里（８００Ｋｍ）先に飛ばせてやれないのに『じだんだ』踏みながら、マルセイユからパリまで、馬車をひた走りに走らせていたというわけですから」。 1-12-1-44「三日（みっか）前だと！1-12-1-45馬鹿（ばか）らしい、三日前には皇帝はまだ船に乗っておられなかった」。1-12-1-46「そんなことはどうでもいいのです。1-12-1-47わたしにはその計画がわかっていました」。1-12-1-48「それはまたどうして？」。1-12-1-49「エルバ島からのあなた宛ての手紙でです」。1-12-1-50「わしに？」。1-12-1-51「あなたにです。1-12-1-52わたしは、使いの者の紙入（かみいれ：サイフ）のなかにあったのを見つけました。1-12-1-53もしあの手紙が、他の者の手にはいったりしてごらんなさい、お父さん、あなたはいまごろ銃殺（じゅうさつ）ものです」。 1-12-1-54ノワルティエは笑い出した。1-12-1-55「ははあ、王政復古（おうせい・ふっこ：レストラシヨン）は、どうやら帝政（ていせい：アンピール）から、事を手っ取り早く（てっとりばやく）片付けることを学んだらしいな・・・・銃殺！1-12-1-56何を言ってる！1-12-1-57そして、その手紙というのはどこにある？1-12-1-58お前のことだ、どこかへ落したりはしなかったか？」。1-12-1-59「焼（や）き棄（す）てました。1-12-1-60その断片（だんぺん）たりとも残しておいてはいけないと思って。1-12-1-61何しろ手紙は、あなたにとって死刑の宣告（せんこく）そのものですから」。 1-12-1-62「お前の将来（しょうらい）にしても台無（だいな）しさ」と、冷然（れいぜん）としてノワルティエが答えた。1-12-1-63「そうさ、わかっている。1-12-1-64だが、わしはなにも恐（おそ）れていないんだよ。1-12-1-65なにしろ、お前が保護してくれているからな」。1-12-1-66「もっと大きなお役にたっているのです。1-12-1-67あなたをお救いしているのです」。1-12-1-68「やれやれ、だいぶ芝居（しばい）がかりになってきたな。1-12-1-69それはまたどうして？」。

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引用者：2016/6/20　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書