１０（５）王宮の楽観(らっかん)

1-10-5-1「そう、それはわたしも知っている」と、王は大いに心を動かして言った。1-10-5-2「つい先（せん）だっても、ボナパルト党員の集会がサン・ジャーク町であったということだ。1-10-5-3だが、つづきを聞こう。1-10-5-4どうして詳細（しょうさい）なことがわかったのかね？」。 1-10-5-5「陛下、じつはよほど前から監視（かんし）させてはおりました。1-10-5-6ところが、わたくしが出発いたす当日（とうじつ）逮捕（たいほ）しましたマルセイユ生まれの男の訊問（じんもん）によってわかりました。1-10-5-7乱（らん）を好（この）む船乗（ふなの）りでございまして、しかもボナパルト党の臭味（しゅうみ）があるとかねて睨（にら）んでおりましたその男は、こっそりエルバ島へまいったのでございます。 1-10-5-8そこでその男は大元帥（だいげんすい）に会い、パリのボナパルト党員宛ての口頭（こうとう）の使命（しめい）を託（たく）されました。1-10-5-9相手の名前は頑（がん）として申しませんでした。1-10-5-10しかしその使命というのは、ボナパルト党員に申しつけて、帝政（ていせい）復帰（ふっき）（陛下、調書（ちょうしょ）どおりを申しあげているのでございます）、近き将来の帝政復帰の日のために、人心（じんしん）を準備させておくように、ということでございました」。 1-10-5-11「で、その男はどこにいるのかね？」と、ルイ十八世はたずねた。1-10-5-12「監獄でございます」。1-10-5-13「で、君の考えによると、事件は重大だと思うのか？」。 1-10-5-14「きわめて重大だと考えました。1-10-5-15それで、じつは家庭内の祝いごと、わたくしの許婚（いいなずけ）式（しき）最中（さいちゅう）にこの事件が突発（とっぱつ）いたしますやいなや、許嫁（いいなずけ）も友人（ゆうじん）も、すべてを捨（す）て、すべてを他日（たじつ）に延（の）ばして、この不安の気持と忠誠（ちゅうせい）とを陛下にお伝え申しあげたいと存じまして、ここへまいったのでございます」。 1-10-5-16「そうだったか」と、ルイ十八世は言った。1-10-5-17「ときに、君とサン・メランの娘とのあいだに祝言（しゅうげん）の話はなかったかね？」。1-10-5-18「陛下のもっとも忠実な『しもべ』の娘でございます」。 1-10-5-19「そうそう。1-10-5-20ところで、陰謀の話にもどろうじゃないか」。1-10-5-21「陛下、わたくしはこれがたんなる陰謀以上のものであることを恐れます。1-10-5-22反逆（はんぎゃく）ではないかと恐れております」。1-10-5-23「だが、いまどきの反逆というやつは、」と、微笑（ほほえみ）ながら王が言った。1-10-5-24「考えるはやすいが、それを目的（もくてき）にまで導くためにはえらい困難があるものだ。 1-10-5-25というのは、このわたしは、つい近ごろ祖先（そせん）から譲（ゆず）られた王位についたばかりなので、過去（かこ）、現在（げんざい）、未来（みらい）にわたってしっかり目をあけているのだから。1-10-5-26この十月以来（いらい）、大臣（だいじん）たちは、地中海（ちちゅうかい）の沿岸（えんがん）地方（ちほう）の監視（かんし）を厳（げん）にするため、監督（かんとく）の手を倍（ばい）にした。 ナポリからピオンビノまで 1-10-5-27ボナパルトがナポリに上陸したとしても、彼がわずかにピオンビノまで到着（とうちゃく）するに先（せん、さき）だって、同盟（どうめい）側（がわ）がすぐ起（た）ちあがるにちがいない。1-10-5-28トスカナ（イタリヤ北部）に上陸したら、それは敵地（てきち）に足をふみ入れたことになる。1-10-5-29フランスに上陸（じょうりく）したとしても、わずかな人数（にんずう）に過（す）ぎなかろうし、人民（じんみん）からもあれほど嫌（きら）われている男のことだし、手間（てま）ひまいらずに平（たい）らげることができるだろう。1-10-5-30安心（あんしん）したまえ。1-10-5-31だが、王としてのわたしの感謝の気持はじゅうぶん酌（く）み取ってくれたまえ」。 ---ナポレオンが上陸するならナポリの可能性がある、と王が思った理由 ミチオ書「ベルディ」（３）ナポレオン王朝の私物 3-26教皇ピウス七世は破門権を発動して勇敢に抵抗し、3-27世俗権力放棄を肯（がえ）んじなかったから、3-28ナポレオンは激怒して教皇を逮捕し、3-29フランスに護送させてフォンテヌブローに幽閉し、3-30教皇領をフランス帝国の直属下に置いた。3-31旧トスカーナ大公国もやがて帝国の一部となり、3-32さらにイストリア、3-33ダルマツイアの旧ベネチヤ植民地も3-34フランス領とした。3-35ナポリ王国も彼の支配下に置かれ、3-36最初（さいしょ）兄のジョセフ、3-37次いで妹婿のジョアシャン・ミュラが3-38ナポリ王に就位した。 1-10-5-32「おお！ダンドレさんが見えました！」と、ブラカス氏が叫んだ。1-10-5-33なるほど入口（いりぐち）の閾（しきい）のところに、色（いろ）青（あお）ざめ、身をふるわせ、まるで稲妻（いなずま）にでも打たれたように、目をおろおろさせた警視総監が姿（すがた）をあらわした。 1-10-5-34ビルフォールは、引きさがろうとして一歩（いっぽ）すさった。1-10-5-35だが、ブラカス氏に手を握（にぎ）られて、そのままそこにとどまった。

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引用者：2016/6/19　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書