１（１７）ディドの宴席に連なるアエネアス

(1-637)(1-638)(1-639)(1-640)(1-641)(1-642) (1-643)(1-644)(1-645)(1-646)(1-647)(1-648)(1-649) (1-650)(1-651)(1-652)(1-653(1-654)(1-655)(1-656) 王宮の室内は華麗に設（しつら）えられた。広間の中央には、宴席が設けられた。巧（たく）みをこらして織り上げた輝かしい紫のクロス。卓上には巨大な銀の容（い）れ物が並び、黄金（おうごん）の器（うつわ）には、一族の太古（たいこ）からの勇ましい英雄物語が長編シリーズとして彫り込んであった。 アエネアスは、わが子を思う心おさえがたく、急ぎ船に戻りアスカニウス（アエネアスの子）にことの次第（しだい）を告げ、彼を市壁の中へ連れてくるよう、アカテスを派遣した。息子アスカニウスへの想いは片時（かたとき）も彼の心から離れなかった。 同時にアエネアスは、イリア（トロイのイリオン城市のこと）の廃墟（はいきょ）から持ち出した宝物を送り物として持参するよう命じた。それは金糸（きんし）の刺繍（ししゅう）を施した、重量感ある婦人外套（ふじん・がいとう：パルラという）と、サフラン色のアカンサスの葉の模様で縁（ふち）どられたベールで、アルゴス（ギリシャ）の女へレナが、禁断の婚礼を求めて、ミュケナエからペルガマ（トロヤ）へ脱出した時に持っていった服の一式であり、母親レダからの驚嘆すべき贈り物であった。 ---ヘレナはゼウスとレダの娘（アポロドロスのギリシャ神話 3-10-7） その他には、かつてプリアムス王の長女イリオネが持っていた王笏（おうしゃく）と、真珠の首飾りおよび、宝石と黄金で二重に巻いた王冠があった。アカテスは任務を果すべく船へ急いだ。(1-637-656) (1-657)(1-658)(1-659)(1-660)(1-661)(1-662)(1-663) この間（かん）、キュテラの女神（ひめがみ：ウェヌス：ギリシャ１２神アプロディテ）は、いろいろと思案をめぐらし、あらたな策略を考えていた。クピド（キューピット：ウェヌスの子で翼を持った愛の使者）の顔かたちを変え、かわいいアスカニウスに変装させて送り出し、贈り物でディドを籠絡（ろうらく）し、彼女を骨の髄（ずい）から愛の炎で焼きつくしてやろう。 なにせこの王家はくせものだ、テュルス人は二枚舌（にまいじた）なのだから。なんと言っても、ユノの怒りが盛んに燃えているのは恐ろしい。こんな思いに夜も寝られず、ウェヌスは翼ある愛の使者（アモル：クピド：キューピット）に話しかけた。(1-657-663) (1-664)(1-665)(1-666)(1-667)(1-668)(1-669) いとしいわが子よ、いつもおまえだけがわたしの力だ。おまえは、至高の父（ユピテル：ギリシャ１２神ゼウスに相当）がテュポエウスを倒した槍の前でも、平気（へいき）でいる子だもの。わたしはおまえに頼るしかない。おまえの力をあてにしているよ。 おまえの兄のアエネアスが海を漂流中なのはおまえもよく知っている。彼がどこの岸辺へ言ってもうまくいかないのは、恐ろしいユノ（ギリシャ１２神名のヘラに相当）に憎まれてしまったからです。おまえならば、いつもわたしの苦しみをいっしょに嘆いてくれる。(1-664-669) (1-670)(1-671)(1-672)(1-673)(1-674)(1-675)(1-676) 今、フェニキア女のディドがあの子をおさえ、甘い言葉を使ってあの子を引き止めている。わたしはここに、ユノのつけ込む隙（すき）が生ずるのではないかと思う。こんな時に何もしないユノではないもの。 だからいっそその前に、ディドをこちらの側に引きずり込み、恋の炎でしっかりと彼女をおさえ、どんな神意がはたらいても心がわりせず、アエネアスを恋の力で守ってくれるようにしむけたいのです。それにはどうしたらよいか。わたしの考えを聞きなさい。 (1-670-676) (1-677)(1-678)(1-679)(1-680)(1-681) (1-682)(1-683)(1-684)(1-685)(1-686)(1-687)(1-688) 今、愛する父の呼び出しを受けた王子がシドニア（カルタゴ）の都へ行こうとしている。これはわたしが目の中に入れても痛くない子です。この子はトロヤの滅亡と永い航海のあとに残った贈り物を携えていきます。わたしはこの子を眠らせて、キュテラの山の頂（いただき）か、イダリウム（キュプルス島のウェヌスの聖地）の神聖な場所に隠しておきます。この子に計略を気づかれ、手だてを講じられたりしてはなりませんから。 おまえは一晩（ひとばん）だけこの子の顔かたちをとるのです。同じ子供ですからそのしぐさを真似（まね）るのは簡単です。そして豪華な宴会がすすみ、ディドがおまえを胸に迎える時が来る。むこうはかなり酔いが回っているはず。おまえを抱きしめ、しっかりとおまえにキスをする。その時、おまえはそっと恋の炎を吹き込んでやり、おまえの毒で彼女をしびれさせてやるのです」。(1-677-688) (1-689)(1-690)(1-691)(1-692)(1-693)(1-694) 愛の使者（アモル）はやさしい母の言いつけに従って翼（つばさ）をはずし、喜んでイウルス（アスカニウス）の歩きかたを真似（まね）て進み始めた。一方ウェヌスはアスカニウスに静かに眠りを注ぎ込み、ぐったりとした少年を抱き上げてイダリア（キュプロス島のイダリウムに同じ）の高地の聖なる森に運んでいった。そこでやさしく咲き乱れる花薄荷（アマラクス）の花々が、芳（かぐわ）しく心地（ここち）よい葉陰で彼を包んだ。(1-689-694) (1-695)(1-696)(1-697)(1-698)(1-699)(1-700) クピドは、母の言いつけどおり見事な贈り物をテュルス人のもとへ届けるべく、大喜びでアカテスに案内され、道を進んだ。彼が到着すると、ディドは絢爛豪華な中央の天蓋（アウラエアの下で、黄金の褥（しとね）に身を置いていた。すでに父アエネアスも、他のトロヤの若武者たちも席につらなり、紫のクロスの上に身を横たえていた。(1-695-700) (1-701)(1-702)(1-703)(1-704)(1-705)(1-706) 奴隷たちが客人の手に水を注いでゆく。次いで葦籠（あしかご）から五穀（ケレス）のパンを取り分ける。さらに、けばのない滑々（すべすべ）のナプキンが配られる。台所では、五十人の女奴隷たちに、大量の料理の配膳と、竈（かまど：ペナテス）の火の番が任（まか）されていた。また百人の女奴隷たちと、同数の同年輩の使用人（ミニステル）たちとが、食卓に料理を配り、盃（さかずき）を置いてゆく。(1-701-706) (1-707)(1-708)(1-709)(1-710)(1-711)(1-712)(1-713)(1-714) テュルス人（びと）もおおぜい集まり、楽しげに広間に溢（あふ）れ、それぞれ身を横たえる彩（いろど）りあざやかな席に案内された（古代の宴席は、臥所（ふしどころ）に身を横たえて行われた：イエスの時代のユダヤでも、このようであったと聞いた）。 彼らは皆、アエネアスの贈り物に驚き、イウルス少年に感嘆した。少年の顔には神の輝きがあった。しかしその話しかたは、実はクピドの、本人そっくりの、ものまねであった。少年は婦人外套（パルラ）を身にまとい、サフラン色のアカンサスの葉模様のベールをかぶっていた。身に迫る不幸を知らぬフェニキア女のディドは、誰よりも眼前（がんぜん）の光景に心奪われていた。彼女は少年と贈り物とを交互に眺めて飽きなかった。(1-707-714) (1-715)(1-716)(1-717)(1-718)(1-719)(1-720)(1-721)(1-722) アエネアスが少年を抱きかかえると、少年はその首にぶら下がり、親子の愛を見せつける。それから少年はディドに甘えてゆく。ディドは少年を目で愛撫し、胸にしっかり抱きとり、また膝の上に乗せたりもする。哀れな彼女は自分の上にいるのがどんな神なのかを知らない。 少年は、母のアキダリアの女神（ヒメガミ：ウェヌス：アプロディテ）の言いつけを実行する。ディドの胸からは、次第に夫シュカエウスのお思い出が消えてゆく。彼女の凍りついた情念が解きほぐされる。忘れていたやさしい心がよみがえり、目の前の生きた愛の対象へと向う。(1-715-722)

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2015/9/30 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会