（第２１歌）強弓(ごうきゅう)競技開始

 
第２１歌（下Ｐ２３１）
(21-42)(21-43)(21-44)(21-45)(21-46)(21-47)(21-48)(21-49)
(21-50)(21-51)(21-52)(21-53)(21-54)(21-55)(21-56)(21-57)
(21-58)(21-59)(21-60)(21-61)(21-62)(21-63)(21-64)(21-65)
(21-66)(21-67)(21-68)(21-69)(21-70)(21-71)(21-72)(21-73)
(21-74)(21-75)(21-76)(21-77)(21-78)(21-79)
さて、世にも麗（うる）わしい妃は庫に着いて、樫材の敷居を踏んだ−−−この敷居はかつて工匠が巧みに削り、黒縄を当てて真直ぐにし、それに戸柱を据え見事な扉を立てたもの、妃は直ぐに革紐を扉の把手（トッテ）からゆるめほどき、鍵を差し入れ、狙い定めて扉の閂（かんぬき）を引き戻すと、美しい扉はさながら牧場で草を食（は）む牛の吼（ほ）え声にも似た音を立てた。

鍵に当って扉はそれほどにも凄まじい音を立てながら、妃の前にさっと開いた。鍵に当って扉はそれほどにも凄まじい音を立てながら、妃の前にさっと開いた。妃は高く作ってある棚に上（のぼ）ったが、ここには香気（こうき）を放つ衣装（いしょう）を納めた櫃（ひつ）が幾つも並んでいる。

妃は爪立（つまだ）ちして弓を、それを納めている美しい箱ごと懸釘（かけくぎ）から外して手にとると、その場に坐りこんで箱を膝に置き、声をあげて泣きながら夫の弓を箱から取り出した。やがて心ゆくばかりに泣いて気持も鎮（しず）まると、反（そ）り曲げて張る弓と悲嘆（ひたん）を呼ぶ矢を多数納めた矢筒（やづつ）とを手に、求婚の貴公子（きこうし）たちの群がる広間にむかった。

妃の後からは女中たちが、主（あるじ）の用いていた鉄や青銅の武器を多数納めた箱を持って随（したが）った。世にも麗しい妃は、求婚者の群がる所まで来ると、艶（つや）やかなベールで両の頬（ほお）を覆（おおい）いながら、堅牢な屋根を支える柱の傍らに立ち、忠実な女中がその両脇に一人ずつ寄り添って立つ。

妃は直（す）ぐに求婚者たちに語りかけていうには、「多年にわたって不在の男の屋敷に入り込み居坐って、飲み食いに明け暮れている、そなたら思い上がった求婚者の方々よ、わたしのいうところを聴いていただきたい。そなたらは、わたしを娶（めと）り妻にしたいというばかりで、そのほかの口実は何一つあげることができなかったではないか。

第２１歌（Ｐ２３２）
さあ、御所望のものは、ここに示す腕競（うでくら）べの賞品として賭けますから、試みられよ。ここにオデュッセウスが使っていた大きい弓を置きます。その手でこの弓の弦を最もたやすく張り、全部で十二の斧（おの）を射通（いとお）した人に、わたしは自分が嫁（とつ）いできたこの屋敷を去って、随（したが）ってゆくことにしましょう−−−この家財も豊かな屋敷をね、いずれこの屋敷のことは、夢の中ででも思い出すことになるのでしょうが」。(21-42-79)

(21-80)(21-81)(21-82)(21-83)(21-84)(21-85)(21-86)(21-87)
(21-88)(21-89)(21-90)(21-91)(21-92)(21-93)(21-94)(21-95)
こういうと、忠実な豚飼エウマイオスに、弓と灰色の鉄斧（おの）とを、求婚者たちの前に置けと命じた。エウマイオスは泣きながらそれを受け取って前に置くと、離れた場所で牛飼も、主人の弓を見るなり声をあげて泣いた。アンティノオスは二人に声をかけ、叱りつけていうには、

「愚かな田舎者めらが、その日その日のことしか考えられぬ憐れむべき奴らじゃな。どうしてお前らは涙など流して、お妃の心を乱そうとするのだ。さなくともお妃の心は、大切な夫を失って悲嘆にくれているのだぞ。お前らは坐っておとなしく飯を食うか、あるいは外へ出て泣くのだな。

弓はそこに残しておけ、これは求婚者にとおっては危険な賭けかも知れぬが。この磨かれた弓を張るのは、容易な業（わざ）ではないと思うからだ。ここにいる全員の中にも、かつてのオデュッセウスほどの剛（ごう）の者はおらぬからな。わしは彼を目（ま）の当（あ）たり見たことがある。まだ物心つかぬ子供であったが、今でも覚えている」。(21-80-95)

第２１歌（Ｐ２３３）
(21-96)(21-97)(21-98)(21-99)(21-100)(21-101)(21-102)(21-103)
(21-104)(21-105)(21-106)(21-107)(21-108)(21-109)(21-110)
(21-111)(21-112)(21-113)(21-114)(21-151)(21-116)(21-117)
こうはいったが、もとよりもとよりその心中（しんちゅう）では、弓に弦を張り、見事に斧を射抜くつもりであった。しかし彼こそはやがて、いま広間に在（あ）って、同僚たちまでそそのかし恥辱（ちじょく）を与えていた無双（むそう）の勇士オデュッセウスの手から、第一番に矢のもてなしを受けるべき男であった。

この時、精気溢（あふ）れるテレマコスが、一座の間でいうには、「なんたることか、クロノスの御子ゼウスは、たしかにわたしの頭をどうかなされたらしい。分別すぐれた女性とはいえ、大切な母が他の男に随（したが）って、この屋敷を出るといっているのに、わたしは愚かにも笑って嬉しがっているのだからな。

さて求婚者の方々よ、ここに賞品が示された以上、競技にかかられよ。これほどの女性は、アカイアの国広しといえども他にはおるまい−−−聖なるピュロスにもアルゴスにもミュケネにも、いやこのイタケにもまた黒き本土にもな。しかし、これはそなたらがよく御承知のこと、わたしが母を誉める必要はなかった。

さあ、今となっては口実を設けて先へ延ばしたり、弓を張るのにいつまでも尻込みするのはやめてもらいたい、われらは早くその結果を見たいからな。わたし自身もこの弓を試みてみたいと思っている。もしわたしが弓を張り、斧を射通すことができれば、たとえ母が他の男に随って家を出て行っても、後に残るわたしが今はもう父の見事な武器を取る力があると判って、わたしも悲しまずに済もうから」。(21-96-117)


第２１歌（Ｐ２３４）
(21-118)(21-119)(21-120)(21-121)(21-122)(21-123)(21-124)(21-125)(21-126)
(21-127)(21-128)(21-129)(21-130)(21-131)(21-132)(21-133)(21-134)(21-135)
こういうとすっくと立ち上がり、桜色の上衣を脱ぎ捨て、鋭利の剣を肩から外した。先ず全部の斧を据えるだけの、長い溝を一条堀り、墨縄に合わせて真直（まっす）ぐにした上で斧を据え、周（まわ）りの土を踏みつけた。これまでその仕方（しかた）を見覚えたこともない彼が、見事に斧を整然と据えつけるのを見て、一同はあっけにとられた。

テレマコスは進んで敷居の上に立つと弓を試み始めたが、弦（げん）を張って斧を射通さんものとの意気込みも空しく、三たび必死の力を籠めて弦を引き寄せようとして弓を揺（ゆす）り動かしたが、三たび力が抜けてしまった。

四たび力を籠めて弦を曳き付け、こたびこそ見事に弦を張るかと見えた時、オデュッセウスは顎（あご）をしゃくって、逸（はや）る息子（むすこ）をおしとどめた。精気溢（あふ）れるテレマコスが、一座の間でいうには、「なんたることか、こんなことではこれからも、わたしは非力（ひりき）な意気地（いくじ）無しのままでおらねばなるまい。

あるいは今はまだ年が若過ぎて、相手から無体（むたい）なことをしかけられても、それを防ぐ腕に自信がもてぬ、ということなのかな。さあ、各々方（おのおのがた）はわたしより力に優る人たちであるから、弓を試みられよ、そして腕競べを終えようではないか」。(21-118-135)


第２１歌（Ｐ２４８）
(21-404)(21-405)(21-406)(21-407)(21-408)(21-409)(21-410)
(21-411)(21-412)(21-413)(21-414)(21-415)(21-416)(21-417)
(21-418)(21-419)(21-420)(21-421)(21-422)(21-423)(21-424)
(21-425)(21-426)(21-427)(21-428)(21-429)(21-430)
求婚者たちは口々にこのようなことをいっていたが、智謀に富むオデュッセウスは、大弓を手に取って点検し、すっかり調べ終ると、さながら竪琴と歌に堪能な男が、よく綯（な）い合わせた羊の腸線（ガット）を両方にひき伸ばし、新しい糸巻（ペッグ）に苦もなく弦を張るが如く、オデュッセウスは事もなげに大弓を張り、右手で弾（はじ）いて弦を試みると、弦はその指の下で燕（つばめ）の声にも似た響きを立てて、美しく鳴る。

求婚者たちは愕然（がくぜん）として気は動転し、いずれも顔色を変えたが、折しもゼウスは轟々（ごうごう）と雷を鳴らして吉兆（きっちょう）をあらわした。堅忍不抜（けんにんふばつ）の勇士オデュッセウスは、奸智のクロノスの御子が、前兆を示したのを喜び、傍（かたわ）らの食卓の上に一筋だけ矢筒（やづつ）から取り出して置いてあった、疾（ハヤ？）い矢を手に取った−−−残りの矢は矢筒の腹に納まっており、やがてアカイア人らはわが身でそれを試す破目（はめ）に陥るのであるが−−−さて、その矢を取って弓の中央の継目（つぎめ）の辺（あた）りに番（つが）え、矢筈（やはず）と共に弦を引き絞り、椅子（いす）に坐ったまま正面に狙いを定めて矢を放てば、斧の柄（え）を刺す穴をすべて、一つだに射損ずることなく、青銅の鏃（やじり）も重い矢は、立ち並ぶ斧を見事に射抜いて外に抜けた。

この時オデュッセウスはテレマコスに向っていうには、「テレマコスよ、お屋敷で世話になったこの客は、あなたに恥をかかせずに済みましたな。わしは的を射損じもせず、弓を張るのに長い間苦労もしなかった。求婚者の方々は、わしを軽んじて辱（はずかし）められたが、とんだ思い違いで、わしの力は少しも衰えていなかった。

ところでアカイア人の方々に、陽（ひ）の明るいうちに夕食を整えるとすれば、すでにその時刻じゃ。食事の後では、歌や踊りや竪琴などで興ぜねばならぬ、これは宴には欠かせぬ付き物ですからな」。(21-404-430)


(21-431)(21-432)(21-433)(21-434)
こういい眉（まゆ）を動かして目配せすると、名立（なだ）たる勇士オデュッセウスの愛児テレマコスは、鋭利の剣を肩に掛け、槍をしっかと握ると、燦然（さんぜん）たる武具に身を固めて、父の身近にある椅子の傍（かたわ）らにすっくと立った。(21-431-434)
 
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読後感想を述べたり、独自解釈のための引用にしては、常識を超えた量でになっているかも知れない。それは全文ではないし、翻訳者の注釈や付加資料は転載してはいないのだから、ぜひ本を手に入れて読んでいただきたい。あなたが若ければ若いほど、その知的資産は隠し味となって、あなたの人生に長く作用するだろう。この「オデッセイア」は、女性の視点で書かれていると信じるので、女性の方々の目に止まるようにと祈る。 
 
　 

2015/4/15 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会