４０（２）三個の宝石の用途

　４０（２）三個の宝石(ほうせき)の用途(ようと)

3-40-2-1「で、この珍味（ちんみ）を、お邸（やしき）の料理番（りょうりばん）におつくらせになるのですか？」と、ボーシャンがたずねた。3-40-2-2「いや、」と、モンテ・クリスト伯は言った。3-40-2-3「真（しん）の享楽（きょうらく）をお与えてくれるものを、なんで下賎（げせん）の者の手に任（まか）せたりできましょう。3-40-2-4わたしは、多少（たしょう）化学（かがく）の心得（こころえ）がありますので、わたし自身（じしん）ととのえます」。

3-40-2-5「じつにみごとなエメラルドですな。3-40-2-6わたしの母も、家に伝（つた）わるかなり珍（めずら）しい宝石（ほうせき）を持っていますが、これほど大きいのははじめてです」と、シャトー・ルノーが言った。

三個のエメラルドの使い道

（１）トルコ皇帝に献上
3-40-2-7「同じようなのを、三（みっ）つばかり持っていました」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-40-2-8「一つは陛下（読者註：トルコ皇帝スルタンのこと）に献上（けんじょう）して、お刀（かたな）に飾（かざ）っていただきました。

（２）法王に献上
3-40-2-9一つは法王に差しあげ、これはわたしのものと同じくらいの大きさですが、美しさにかけて及びもつかぬひとつのエメラルドと向かいあわせに、冠（かんむり）におはめくださいました。3-40-2-10そのほかの分は、ナポレオン皇帝から、前の法王ピオ七世（ピウス7世は(1800-1823)）に献上されたものでした。

読者註：法王グレゴリウス１６世

（３）アヘンの粒入れ
3-40-2-11さて三番目のものだけを、自分のために取っておいたというわけですが、細工（さいく）をさせたため、ねうちは半分（はんぶん）に減っております。3-40-2-12もっとも、使うのには便利ですが」。

3-40-2-13一同（いちどう）は、愕（おどろ）きの眼をみはりながら、モンテ・クリスト伯の顔をみつめた。3-40-2-14あまりむぞうさに話されるので、いったい事実（じじつ）の話なのか、あるいは気でもちがっているのか、二つに一つのように思われた。3-40-2-15だが、手にしたエメラルドをながめていると、どうも初めのほうの推定（すいてい）に傾（かたむ）かざるを得なかった。3-40-2-16「そして、お二方（ふたかた）からは、そのりっぱな贈物（おくりもの）にたいして、何をおもらいになりました？」と、ドプレーがたずねた。

みかえりの特典

（１）エデの奴隷解放
（２）ぺピーノの死刑に恩赦
3-40-2-17「陛下は、或る婦人（エデのこと）の自由をお与えくださいました。3-40-2-18そして法王は、或る男（ペピーノのこと）の自由をお与えくださいました」と、伯爵が答えた。3-40-2-19「そういうわけで、一生（いっしょう）に一度、わたしも、王座（おうざ）の『きざはし（階：階段のこと）』の上に生まれたくらいの勢力（せいりょく）を持ったわけです」。3-40-2-20「そしてお救（すく）いになったというのは、あのペピーノという男でしょう？」と、アルベールが叫んだ。3-40-2-21「あの男のために特赦権（とくしゃけん）をお使いだったというのでしょう？」。3-40-2-22「たぶん」と、モンテ・クリスト伯は、微笑（びしょう）を浮（う）かべながら答（こた）えた。

3-40-2-23「伯爵、そのお話をうかがえて、どんなに嬉（うれ）しく思いますか、おそらく御想像（ごそうぞう）もつきますまい」と、アルベールが言った。3-40-2-24「じつはあらかじめ友人（ゆうじん）たちに、物語のなかの人物（じんぶつ）『アラビアン・ナイト』のなかの幻術師（げんじゅつし）、中世紀（ちゅうせいき）の魔法使（まほうつかい）のような方（かた）として、あなたのことをお話し申しておいたのでした。3-40-2-25ところが、パリ人（じん）というやつは、理屈（りくつ）にならない理屈をこねることが上手（じょうず）でして、どんな真理（しんり）も、日常（にちじょう）生活（せいかつ）のなかにはいって来るものでないかぎり、すぐに気まぐれな空想（くうそう）ぐらいに片（かた）づけてしまうものなのでして。

3-40-2-26例（たと）えば、ここにおりますドプレー、ボーシャンといったような連中（れんちゅう）にしても、やれブルバールでジョッキー・クラブの会員がつかまって物（もの）をとられたの、やれサン・ドニ町かサン・ジェルマン町で四人（よにん）殺しがあったの、やれタンプル町かテルム・ド・ジュリヤンあたりで十人、十五人、二十人の盗賊（とうぞく）がつかまったのと、読（よ）んだり書（か）いたりはしていますが、マレンム、ローマ郊外（こうがい）、あるいはポンタン沼（ぬま）に追剥（おいはぎ）が出ると聞きましても、たちまち嘘（うそ）だと片づけます。

3-40-2-27どうか、あなた御自身（ごじしん）のお口（くち）から、わたしが、あの山賊（さんぞく）どもに捉（つか）まり、お情け深いお口添（くちぞ）えがなかったとしたら、こうしてこのエルデ町の小さな家で、一同（いちどう）を午餐（ごさん）に招（まね）くことはおろか、今日（きょう）あたり、おそらく聖セバスチャンの塋窟（えいくつ：カタコンブ）のなかで、とこしえの復活（ふっかつ）を待っているだろうことを話してやっていただきたいと思うのですが」。

3-40-2-28「何をおっしゃっておいでです！」と、モンテ・クリスト伯が言った。3-40-2-29「そんなつまらないことは、人に話さないとお誓（ちか）いだったじゃありませんか」。3-40-2-30「伯爵、それはわたしではありませんので！」と、アルベールが叫んだ。3-40-2-31「わたし以外の人に、同じようなことをしておやりになり、その人とこのわたしとを混同（こんどう）しておいでになるのだと思いますが。3-40-2-32どうかそんなことをおっしゃらずに、あのときの話をお聞かせください。3-40-2-33もし、そのお話がうかがえましたら、なるほどわたしの知っていることも幾（いく）らかあると思いますが、そのほか、知らないことをずいぶん承（うけたま）われると思うのですが」。

3-40-2-34「でも、」と、伯爵は微笑（びしょう）を浮かべながら言った。3-40-2-35「あなたはあの事件（じけん）のとき、ずいぶん重要（じゅうよう）な役割をおつとめで、わたしに劣（おと）らず、すべてのいきさつを御存じのはずです」。3-40-2-36「いかがでしょう、わたしの知っているだけのことを話しましょう。3-40-2-37そのかわり、わたしの知らないことをお話しくださると約束（やくそく）なすっていただけましょうか？」。3-40-2-38「けっこうですな」と、モンテ・クリスト伯が答えた。

3-40-2-39「じつはね、」と、ふたたびアルベールは口（「くち）を開いた、「ちょっと自尊心（じそんしん）が傷（きず）つけられるわけなんだが、僕は、三日間（みっかかん）というもの、テュリーかポッペーのような美姫（びき：美しい姫。美しい女性）の後裔（こうえい）とも思われるような仮面（かめん）の人物（じんぶつ）にあやつられていたんだ。3-40-2-40要（よう）するに、僕は、一人の田舎娘（いなかむすめ）にあやつられていたというわけなんだ。3-40-2-41ここに、田舎娘といったのは、つまり百姓女（ひゃくしょうおんな）というわけなんだ。3-40-2-42ところが、僕が百姓娘と思っていたのは、年（とし）は十五か十六、顎（あご）に髯（ひげ）の生（は）えていない、やせすぎの山賊で、僕が興奮（こうふん）して肩（かた）にキスしようとすると、いきなり咽喉元（のどもと）に短銃（たんじゅう）を突（つ）きつけ、七八人（しち・はち・にん）の仲間（なかま）といっしょに、僕を聖セバスチャンの塋窟（えいくつ：カタコンブ）のなかへつれていった、というより、引きずりこんでいったのだ。

3-40-2-43そこには山賊の首領（しゅりょう）がいた。3-40-2-44なかなか学問（がくもん）のある男で、折（おり）から『ガリア征討記（せいとうき）』を読んでいたが、わざわざ本を下に置くと、もし翌日（よくじつ）の朝六時まで四千エキュ（読者註：４０００Ｘ３Ｘ１０００＝１２，０００，０００＝１２００万円。４０００ピアストルの時もあって、それだと４０００万円ぐらい）支払（しはら）わなければ、六時半（ろくじはん）には命（いのち）が無いぞ、と言い渡した。3-40-2-45その時の手紙もとってある。3-40-2-46僕の名があり、ルイジ・バンパ君（くん）の追（お）て書きも附（つ）いてて、ちゃんとフランツの手もとにあるんだ。3-40-2-47お疑（うたが）いなら、彼に言ってやりさえしたら、その署名（しょめい）の証明（しょうめい）までもしてくれよう。3-40-2-48僕の知ってるのはこれだけなんだ。3-40-2-49ところで、どうも僕にわからないのは、伯爵、尊敬心（そんけいしん）など持ち合わせのないああしたローマの山賊どもから、あなたがどうして、あれほど深（ふか）い尊敬（そんけい）を払（はら）われておいでだったかということなのです。3-40-2-50フランツもわたしも、じつに驚（おど）いてしまいました」。

ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/6/4