８（７）気違いは暗牢へ

1-8-7-1「そうだ、気違いだ。1-8-7-2気違いのはじまりはいつもこれだ。1-8-7-3この室でも一ぺん（いっぺん：一回のこと）そんなことがあったっけ。1-8-7-4お前さんの前にこの室にいた一人の司祭（しさい）さんは、自分（じぶん）を自由（じゆう）にしてくれたら典獄様に百万両（ひゃくまんりょう：はした金ではなく、相当な金額、という程度の意味）やるといつも言ってたっけが、とうとう気違いになっちゃった」。 ---１両が１万円とすると、1,000,000万円＝１００億円 これは、エキュに換算すると、 10,000,000,000円／（3,000円／エキュ）＝300万エキュ強となる。しかし、スパダの財宝は200万エキュ相当だから、１両＝1万円ではなく、もっと少なく見積ることになる。 1-8-7-5「その男は、いつこの室から出て行ったんだ？」。1-8-7-6「二年前だ、」。1-8-7-7「ゆるされてか？」。1-8-7-8「ちがう。1-8-7-9暗牢（あんろう）のなかに入れられたんだ」。1-8-7-10「なあ、」と、ダンテスは言った。1-8-7-11「僕は坊主（ぼうず：司祭をこう呼んでいる）じゃないんだ。1-8-7-12それに気違いでもありはしない。1-8-7-13だが、或いは気違いになるかもしれない。1-8-7-14ただ、不幸なことには、いまはちゃんと正気（しょうき）でいるんだ。1-8-7-15で、僕は君にべつな申し出をしようと思ってるんだが」。 1-8-7-16「なんだ？」。1-8-7-17「僕は百万両上（あ）げようなんて言いはしない。1-8-7-18何しろそんな物はあげられるはずがないんだから。1-8-7-19ところでだ、今度（こんど）マルセイユに行ったとき、カタロニヤ村まで行って、メルセデスという娘に手紙（てがみ）を一本（いっぽん）渡してくれたら百エキュあげよう。1-8-7-20手紙なんかじゃない。1-8-7-21たった二行（にぎょう）だけでいいんだ」。 1-8-7-22「だが、その二行の手紙を持って行って見つけられたとする。1-8-7-23と、おれは自分の地位を失うことになるんだぜ。1-8-7-24役得（やくとく）と食事（しょくじ）を別にしても年に千リーブルだ、1-8-7-25どうだ、三百リーブルほしいばかりに千リーブル棒に振るようなことは、大（おお）ばか者でなくっちゃできやしねえぜ」。 ---１００エキュは３００リーブル＝３００フラン＝３０万円 1-8-7-26「よし！」と、ダンテスは言った。1-8-7-27「しっかり覚えておいてもらおう。1-8-7-28もし君がメルセデスのところに二行の手紙をとどけてくれるか、せめて僕がここにいるのを知らせてくれるのが厭（いや）だというなら、いつか扉（とびら）のかげにかくれていて君のはいってくるのを見すまし、この腰掛で頭を粉（こな）みじんにしてやるから」。 1-8-7-29「脅迫（きょうはく）だな！」1-8-7-30獄丁は一歩（いっぽ）後にさがると、身を防（ふせ）ぐようなかっこうをしながら叫んだ。1-8-7-31「たしかに頭が狂ってるんだ。1-8-7-32坊（ぼう）さんもはじめはお前さんのようだった。1-8-7-33三日すればお前もあいつのように気がちがうんだ。1-8-7-34だが、さいわいシャトー・ディフには暗牢がたくさんあるからな」。 1-8-7-35ダンテスは、腰掛をとると、頭の上で振りまわした。1-8-7-36「よしよし！」と、獄丁は言った。1-8-7-37「是（ぜ）が非（ひ）でもということだったら、典獄さまに申しあげてみてやろう」。1-8-7-38「しめた！」と、ダンテスは腰掛を下に置き、その上に腰をおろしながら言った。1-8-7-39頭は『だらり』と垂（た）れ、目は血ばしって、まるでほんとに気違いになりでもしたようだった。1-8-7-40獄丁は出て行った。1-8-7-41そしてしばらくすると四人の兵士と一人の伍長を連れて帰ってきた。1-8-7-42「典獄の命（めい）により、囚人をさらに一階下におろす」と、獄丁が言った。 1-8-7-43「では暗牢へ？」と、伍長が言った。1-8-7-44「暗牢へ。1-8-7-45気違いは気違いどうしだ」。1-8-7-46四人の兵士はダンテスをつかまえた。1-8-7-47彼は、一種の無気力な状態になったまま、なんの抵抗もせずに兵士の後からついて行った。1-8-7-48彼は階段を十五段おりた。1-8-7-49そして暗牢の扉があけられると、《もっともだ、気違いは気違いどうしだ》と、つぶやきながら、その室のなかへはいって行った。 1-8-7-50扉はふたたび閉ざされた。1-8-7-51ダンテスは、まっすぐに、差し伸べた手が壁にさわるところまで歩いて行った。1-8-7-52それから片隅（かたすみ）に腰をおろして、『じっ』と身動きしないでいた。1-8-7-53眼がだんだん暗（あん）に馴（な）れてくるにしたがって、あたりの物が見え出してきた。1-8-7-54まさに獄丁の言ったとおりにちがいなかった。1-8-7-55ダンテスは、も少しすれば気違いになれようというわけだった。

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引用者：2016/6/13　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書