８（１） ８（１）
| 1-8-1-1控室（ひかえしつ）を通りながら、警部は二人の憲兵（けんぺい）に合図（あいず）をした。1-8-1-2するとその一人はダンテスの右に、一人は左に付き添った。1-8-1-3判事の室から裁判所へ通じる扉が開けられた。1-8-1-4そして、しばらくのあいだ、そこを通るものはなんということもなしに体のおののくのを禁じ得ないというあの暗い、大きな廊下の一つをたどって行った。1-8-1-5ビルフォールの室が裁判所へつづいているのと同じように、裁判所は牢獄（ろうごく）につづいているのだった。1-8-1-6それは裁判所につづいた暗い建物で、すぐ前に立つアクールの鐘楼（しょうろう）は、数々の窓をあけて、それをもの珍しげにながめているのだった。 1-8-1-7廊下を幾度（いくど）となく曲ったあとで、ダンテスは、鉄の小窓（こまど）のついた扉の開けられるのを見た。1-8-1-8警部は鉄の槌（つち）をふるってそれを三度（さんど）叩（たた）いた。1-8-1-9ダンテスには、それが自分の心臓（しんぞう）の上を叩くといったように響きわたった。1-8-1-10扉は開いた。1-8-1-11二人の憲兵（けんぺい）は、ちょっとためらっている彼を軽く押した。1-8-1-12そして、ダンテスがその恐ろしい閾（しきい）をまたいでしまうと、扉は大きな音をたてて背後（はいご）に閉じられた。 1-8-1-13彼は、今までとちがった空気を呼吸した。1-8-1-14毒気（どくけ）を含んだ重い空気。1-8-1-15彼は牢獄にいたのだった。1-8-1-16鉄格子（てつごうし）がはまり、閂（かんぬき）もおろされていたけれど、かなり小（こ）ざっぱりした室だったので、大して恐怖（きょうふ）も感じなかった。1-8-1-17しかも、彼の耳には、あれほど好意（こうい）ありげに語られた検事代理の言葉が、嬉（うれ）しい希望を約束してでもいるかのように響きわたっていた。 1-8-1-18ダンテスが室に連れてこられたときはもう四時になっていた。1-8-1-19すでに前にも語ったとおり、その日は三月の一日（ついたち）なので、ほどなく夜が訪れた。1-8-1-20消えてゆく視覚（しかく）の代わりに、聴覚（ちょうかく）が鋭（するど）くなってきた。1-8-1-21聞こえてくるちょっとしたもの音にも、彼は『てっきり』自分を自由にしてくれる人がきたものと思いこんで、元気よく立ちあがると、戸口（とぐち）のほうへ一歩進んだ。1-8-1-22だが、やがて物音（ものおと）はあらぬ方へ向かって消えて行った。1-8-1-23そしてダンテスは、またもや腰掛（こしかけ）に腰を落とした。 1-8-1-24夜の十時とおぼしいころ、すでにダンテスが希望を失いかけていたとき、また別の物音が聞こえてきた。1-8-1-25今度こそは自分の室へ向かってくるもののようだった。1-8-1-26案にたがわず、足音は廊下に響きわたり、彼の戸口のところで止まった。1-8-1-27鍵穴（かぎあな）のなかで鍵のまわる音。1-8-1-28閂がきしんだ。1-8-1-29そして重い樫（かし）の扉が開けられると、たちまち暗い室のなかへ、目をくらますばかりの二本（にほん）の炬火（きょか：かがり・び：松明『たいまつ』）の光が流れこんだ。 1-8-1-30この二本の炬火の光のかげに、ダンテスは、四人の憲兵の剣（けん）と騎銃（きじゅう）との輝くのを見た。1-8-1-31彼は、二足（ふたあし）ばかり前へ進み出ると、そのままそこに立ちすくんだ。1-8-1-32「わたしを連れにおいでだったんですか？」と、ダンテスがたずねた。1-8-1-33「そうだ」と、憲兵の一人が答えた。1-8-1-34「検事代理さんからですか？」。1-8-1-35「たぶん」。1-8-1-36「よろしゅうございます」と、ダンテスが言った。1-8-1-37「ごいっしょにまいりましょう」。1-8-1-38ビルフォール氏からの言いつけでつれにきたものと思いこんだため、青年は、あらゆる恐怖の念をすててしまっていた。1-8-1-39彼は、心を落ちつけ、足取りも軽く前へ出ると、自分から護送隊（ごそうたい）のなかに身を置いた。 1-8-1-40一台（いちだい）の馬車が門のところで待っていた。1-8-1-41馭者（ぎょしゃ）はその席につき、そばには警部が一人腰をおろしていた。1-8-1-42「わたしのための馬車ですか？」と、ダンテスが聞いた。1-8-1-43「君のだ」と、憲兵の一人が答えた。1-8-1-44「乗りたまえ」。1-8-1-45ダンテスはちょっとたしかめてみたいと思った。1-8-1-46だが、たちまち馬車の扉があけられ、誰かに後を押された。1-8-1-47抵抗（ていこう）など、できもしなければ、またしようとも思わなかった。1-8-1-48そして、彼はたちまち、その馬車の奥、二人の憲兵のあいだに挟（はさ）まれている自分の姿を見出（みいだ）した1-8-1-49他の二人は前の腰掛（こしかけ）に腰をおろした。1-8-1-50そして、どっしりした馬車は、不吉（ふきつ）な響きをたてながら動きがじめた。 |
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引用者：2016/6/12 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
ささくら修道会・必読書