７（６）証拠物件を灰に

1-7-6-1ダンテスは、言われるままに、その予告された審問（しんもん）を待っていた。1-7-6-2だが、それはまったくむだだった。1-7-6-3ビルフォールは、またもや椅子に腰を落すと、汗の流れる額の上に氷（こおり）のような手をあてながら、ふたたび手紙を読みはじめた。1-7-6-4《ああ、もし、この手紙に書かれていることが知られでもしたら》と、彼はつぶやいた。1-7-6-5《そして、そのノワルティエが、このビルフォールの父親だということがわかったが最後、おれ自身はおしまいなのだ。1-7-6-6永久に！》。 1-7-6-7彼はときどきエドモンのほうをうかがっていた。1-7-6-8それは、心の底にかくしながら口（くち）に出しては言わない秘密の扉を、さもその眼差しで打ち破ろうとしてでもいるようだった。1-7-6-9「そうだ、疑う余地（よち）はぜんぜんない！」。1-7-6-10彼は突然そう叫んだ。1-7-6-11「私は誓います！」と、ダンテスが叫んだ。1-7-6-12「もしもわたしをお疑いなら、そして何か怪しいとお思いでしたら、どうか御訊問（じんもん）になってください。1-7-6-13なんでもお答えいたしますから」。 1-7-6-14ビルフォールは、烈（はげ）しい努力をこころみた。1-7-6-15そして、できるかぎりの落ちつきを見せてこう言った。1-7-6-16「君を尋問して、このうえもなく重大な嫌疑（けんぎ）が生まれてきた。1-7-6-17そういうわけで、先刻（せんこく）考えていたように、このまますぐに自由な体にすることは、このわたしにはできなくなった。1-7-6-18そうした処置（しょち）をつけるためには、まずもって予審（よしん）判事（はんじ）の意向（いこう）を聞かなければならない。1-7-6-19だが、それはともかく、わたしが君のため、どういうふうに行動したか、君もわかってくれるだろうな」。 1-7-6-20「おお！」とダンテスは叫んだ。1-7-6-21「わたしはお礼を申しあげます。1-7-6-22なぜかというと、あなたは、わたしにとって裁判官というよりむしろ友人（ゆうじん）になってくだすったからです」。1-7-6-23「では、これからまたしばらくのあいだ、君を拘留（こうりゅう）する。1-7-6-24だたしそれもできるだけ短いように取りはからってあげよう。1-7-6-25さて君に対する主要な嫌疑（けんぎ）はこの手紙だ。1-7-6-26見たまえ・・・・」。1-7-6-27ビルフォールは暖炉（だんろ）に近寄って、手紙を火中（かちゅう）に投（とう）じてしまった。1-7-6-28そして、それがまったく灰（はい）になるまで待っていた。1-7-6-29「見たまえ」と、彼はつづけた。1-7-6-30「これですっかりなくなったのだ」。 1-7-6-31「おお！」とダンテスは叫んだ。1-7-6-32「あなたは、正しいというより以上のお方です。1-7-6-33あなたは、親切そのものでおいでです！」。1-7-6-34「ところで、」とビルフォールは言葉をつづけた。1-7-6-35「こうしたことまでやってのけたら、もうわたしを信用できることがわかったろうな？」。1-7-6-36「ええ、ええ。御命令なすってください。1-7-6-37御命令どおりにいたしますから」。1-7-6-38「いや、」と、ビルフォールは青年に近づいて言った。1-7-6-39「わたしは命令しようとは思っていない。1-7-6-40ところで、これは忠告なんだが・・・・」。 1-7-6-41「おっしゃってください。1-7-6-42御命令（ごめいれい）同様（どうよう）それに従うことにいたしましょう」。1-7-6-43「わたしは君を夕方（ゆうがた）までこの裁判所に止（とど）めて置こうと思うのだ。1-7-6-44そして、たぶんほかの者がきて、君を訊問することになるだろう。1-7-6-45そうしたら、わたしに話したとおりのことをすっかり話してきかせるんだ。1-7-6-46ただし、手紙のことだけは絶対秘密にしておくようにな」。1-7-6-47「お約束します」。 1-7-6-48それはまるで、ビルフォールのほうが頼みこんででもいるようだった。1-7-6-49そして、さも被告が裁判官をなだめてやってでもいるようだった。1-7-6-50「わかったね」。1-7-6-51ビルフォールは灰（はい）の上に一瞥（いちべつ）を与えながら言った。1-7-6-52そこにはまだ紙の形が残っていた。1-7-6-53そして灰は焔（ほのお）の上に舞っていた。1-7-6-54「さて手紙はなくなった。1-7-6-55それがあったことを知っているのは、君とわたしの二人（ふたり）だけだ。1-7-6-56それは、二度とふたたび君の目の前には出てこないのだ。1-7-6-57だから、手紙のことを聞かれたら否認（ひにん）するんだ。1-7-6-58極力（きょくりょく）否認するんだ。1-7-6-59そうすれば君は助けてもらえるのだ」。 1-7-6-60「否認します。1-7-6-61御安心ください」と、ダンテスが言った。1-7-6-62「けっこう、けっこう！」。1-7-6-63ビルフォールは、そう言いながらベルの紐（ひも）まで手をのばした。1-7-6-64そして、ちょっと手をとどめて、「手紙はいまの一本（いっぽん）きりだね？」。1-7-6-65「これだけです」。1-7-6-66「誓（ちか）ってもらおう」。1-7-6-67ダンテスは手を差し伸（の）べた。1-7-6-68「誓います」。 1-7-6-69ビルフォールはベルを鳴らした。1-7-6-70警部（けいぶ）がはいってきた。1-7-6-71ビルフォールは、そばへよって、なにか耳もとにささやいた。1-7-6-72警部はうなずいてそれに答えた。1-7-6-73「この人について行きたまえ」と、ビルフォールが言った。1-7-6-74ダンテスは頭をさげた。1-7-6-75そして、ビルフォールに『も』一度（いちど）感謝の眼差（まなざ）しを投げたあとで出て行った。

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引用者：2016/6/7　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書