７（５）宛名はノワルティエ

1-7-5-1「なるほど、なるほど」と、ビルフォールはつぶやいた。1-7-5-2「すべて事実のようだね。1-7-5-3もし君に罪があるにしても、それは不注意のためなのだ。1-7-5-4しかもその不注意にしたところで、船長の命令ということによってちゃんと正当な理由が成り立つ。1-7-5-5ところで、エルバ島で渡されたという手紙を出して見たまえ。1-7-5-6呼出しがあったときは、すぐ出頭（しゅっとう）することを誓ってもらおう。1-7-5-7そして、もう友だちのところへ帰ってよろしい」。 1-7-5-8「ではこれで自由の身になれるのですか！」と、ダンテスは有頂天（うちょうてん）になって叫んだ。1-7-5-9「そうだ。だがその手紙を見せたまえ」。1-7-5-10「それはお目の前にあるはずです。1-7-5-11ほかの書類といっしょに持って行かれたのですから。1-7-5-12その束（たば）のなかに、書類が何通か見えています」。1-7-5-13「待ちたまえ」と、検事代理は、手袋と帽子（ぼうし）を取ろうとしていたダンテスに言った。1-7-5-14「待ちたまえ。1-7-5-15それは誰の宛名（あてな）になっているね？」。 1-7-5-16「パリ、コック・エロン町（ちょう）のノワルティエ氏です」。1-7-5-17たとい雷霆（らいてい）であっても、これほどすばやく、これほど突然ビルフォールの上に落ちかかることはなかったろう。1-7-5-18彼はふたたび安楽椅子（あんらく・いす）に身を投じた。1-7-5-19そして、そこから半（なか）ば身を起こすと、ダンテスから押収（おうしゅう）した書類の束に手を伸ばし、それをあわただしくめくりかえすと、恐るべき手紙をそのなかから引き出し、その上になんともいえぬ恐怖の眼差しをそそいだ。 1-7-5-20「コック・エロン町十三番地、ノワルティエ殿」。1-7-5-21そう読みあげる彼の顔は見るみる青くなっていった。1-7-5-22「そうです」と、ダンテスは驚きながら答えた。1-7-5-23「その方を御存じですか？」。1-7-5-24「いや」と、ビルフォールはきっぱり答えた。1-7-5-25「王に対して忠実なものは、『むほんにん』なんぞに知り合いはないのだ」。1-7-5-26「では、それは『むほん』についてのことでしょうか？」と、ダンテスが言った。1-7-5-27自由になれると思ったのも束の間（つかのま）、彼は前にもました恐怖におそわれていた。1-7-5-28「いずれにしても、さっきも申しあげましたように、わたしは持ってきたその手紙の内容をまったく知らずにいたのでした」。 1-7-5-29「そう、」と、ビルフォールは重々（おもおも）しい声で言った。1-7-5-30「だが、君はその手紙の宛名人の名前は知っているのだね！」。1-7-5-31「お届けするためには、宛名をちゃんと知っていなければなりませんから」。1-7-5-32「で、君はこの手紙をほかの人には見せなかったかね？」。1-7-5-33ビルフォールは手紙を読みながら、そして読むにつれてますます青い顔色になりながらたずねた。1-7-5-34「誰にも見せませんでした。1-7-5-35誓って申します」。 1-7-5-36「では、君がエルバ島からノワルティエ氏に宛てられた手紙を預（あず）かっていることは、誰も知っていないんだな？」。1-7-5-37「誰も知りません。1-7-5-38知っているのはそれを渡した方（かた）ばかりです」。1-7-5-39「たいへんだ。1-7-5-40それだけでもすでにたいへんだ！」と、ビルフォールはつぶやいた。1-7-5-41手紙が終りに近づくにつれて、ビルフォールの額（ひたい）は見るみる暗く曇って行った。1-7-5-42血の気（ちのけ）の失（う）せた唇（くちびる）、ふるえる手、燃えるようなその目、それを見ているダンテスは、とても不安に耐えられなかった。 1-7-5-43読み終わったビルフォールは、頭をがっくり落（おと）し、それを両手の中に抱（かか）えこんだ。1-7-5-44そして、しばらくのあいだ、いかにも悩ましそうなようすだった。1-7-5-45「どうなさいました？」と、恐るおそるダンテスがたずねた。1-7-5-46ビルフォールは答えなかった。1-7-5-47だがしばらくすると、その真っ青（まっさお）な、面変（おもがわ）りした顔をあげて、も一度手紙を読みかえした。1-7-5-48「で、君は、この手紙の内容を知らないといったな？」と、ビルフォールが言った。1-7-5-49「誓ってもうします」と、ダンテスが言った。 1-7-5-50「わたしは知りません。1-7-5-51だが、いったいどうなさいました？1-7-5-52御気分（ごきぶん）がお悪いようですが。1-7-5-53ベルを鳴らしましょうか？1-7-5-54誰か呼びましょうか？」。1-7-5-55「いや、」と、『すっく』と立ちあがりながらビルフォールが言った。1-7-5-56「じっとしていてくれたまえ。1-7-5-57何も言わずに。1-7-5-58ここで命令を与え得るのはわたしだけだ。1-7-5-59君ではないのだ」。 1-7-5-60「じつは、」と気先を折られてダンテスが言った。1-7-5-61「御介抱（ごかうほう）しようと思いまして。1-7-5-62ただそれだけのことなのでした」。1-7-5-63「なにもしてはもらいたくない。1-7-5-64ちょっと『めまい』がしただけなのだ。1-7-5-65わたしのことより、自分のことを考えればいいのだ。1-7-5-66さ、答えてもらおう」。

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引用者：2016/6/7　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書