６（７）披露された告訴状

1-6-7-1『検事閣下。1-6-7-2王室にたいして忠信、信仰にたいして誠実なる小生（しょうせい）は、ナポリ、ポルト・フェライヨに寄港し、今朝（けさ）スミルナより着したる汽船（きせん）ファラオン号一等運転士（うんてんし）エドモン・ダンテスなるものが、ミュラーより簒奪者（さんだつしゃ：ユジュルバトール：王党の人々がナポレオンに与えた名称）宛ての信書の寄託を受け、また簒奪者よりパリ・ボナパルト党本部宛ての信書を寄託せられたる事実をお知らせ申し上ぐるものに御座候（ござそうろう）。1-6-7-4彼の罪証は彼の逮捕によって判明いたすべく、その信書は当人自身、或いはその父の住所、或いはファラオン号船上の彼の居室において発見致さるることと存じ候』。 1-6-7-5「だって、」と、ルネは言った。1-6-7-6「この手紙は匿名（とくめい）ですし、それに宛名も、あなたでなくって、検事さんではありませんか？」。1-6-7-7「そうなのです。1-6-7-8ところが、検事はおられません。1-6-7-9その不在のため、この手紙は、書状を開ける役の秘書の手にまわされました。1-6-7-10秘書は、この手紙を開けた上、わたしを探させたというわけなのです。1-6-7-11ところがわたしも見つからない。1-6-7-12そこで早くも逮捕（たいほ）命令（めいれい）を出したのでした」。 1-6-7-13「で、つまりその犯人が捕（つか）まったというわけですのね」と、侯爵夫人が言った。1-6-7-14「犯人ではなくって嫌疑者（けんぎしゃ）ですわ」と、ルネが言った。1-6-7-15「そうです。奥さま」と、ビルフォールは言った。1-6-7-16「で、さっきもお嬢さまに申し上げたとおり、問題の手紙というものが見つかりましたら、これこそまさに重病人です」。1-6-7-17「その人、どこにおりますの？」と、ルネがたずねた。1-6-7-18「わたしのところです」。 1-6-7-19「行ってらっしゃい」と、侯爵夫人が言った。1-6-7-20「王さまのためのお務（つと）めが待っているとき、ここにいらしって御奉公（ごほうこう）をお欠きになってはいけませんから。1-6-7-21さあ、王さまのためのお務めにいらしって」。 1-6-7-22「ビルフォールさん、」と、ルネは両手を組みながら言った。1-6-7-23「寛大（かんだい）にしてあげてちょうだい。1-6-7-24今日（きょう）はわたしたちの許婚式の日なんですもの」。1-6-7-25ビルフォールは食卓のまわりを一（ひと）まわりして令嬢の椅子に近づいた。1-6-7-26そして、『もたれ』の上に身を寄せて、1-6-7-27「心配おさせしないように、できるだけのことはしましょう。1-6-7-28でも、もし証拠がたしかであり、告訴にいつわりがなかったら、このボナパルト党の悪い草はけっきょく刈り取ることになりましょう」。 1-6-7-29『刈り取る』という言葉を聞いて、ルネは『はっと』おびえあがった。1-6-7-30刈り取らるべき草は、首を持っているのだから。1-6-7-31「やれ！やれ！」と侯爵夫人は言った。1-6-7-32「ビルフォールさん、この子の言うことなどお聞きにならないで。1-6-7-33いずれ馴れてきましょうから」。1-6-7-34そう言いながら、夫人はビルフォールのほうへ痩（や）せた手を差し伸べた。1-6-7-35ビルフォールは、それに接吻（せっぷん）しながら、じっとルネをみつめていた。1-6-7-36そして、目にもの言わせて、《いまわたしが接吻しているのは、また接吻したいと思っているのは、とりもなおさずあなたの手ですよ》といった意味を伝えていた。 1-6-7-37「なんという悲しい前兆（ぜんちょう）！」と、つぶやくようにルネが言った。1-6-7-38「ほんとに、」と、侯爵夫人は言った。1-6-7-39「お前もほんとに困りきった赤ちゃんねえ。1-6-7-40お前の気まぐれや人情（にんじょう）脆（もろ）さもけっこうだけれど、少しはお国の安危（あんき）のことも考えてほしいわ」。1-6-7-41「あら、お母さま！」と、ルネはつぶやいた。1-6-7-42「奥さま、この不熱心な王党のお嬢さまをゆるしてあげていらだきましょう」と、ビルフォールが言った。 1-6-7-43「わたくしとしては、誓って検事代理の職責（しょくせき）をしっかりつくしてお目にかけます。1-6-7-44恐ろしいほど峻厳（しゅんげん）にやってお目にかけましょう」。1-6-7-45だが、一ぽうこうした言葉を公爵夫人に向かって口にしながら、同時に自分の許婚に向かってはこっそり一瞥（いちべつ）を送った。1-6-7-46そして、その眼差しは、《しんぱいしないで、ルネ。あなたの愛にかけて、わたしは寛大にするからね》という意味を語っていた。1-6-7-47こうした彼の眼差しにたいして、ルネはこの上もないやさしい微笑で答えた。1-6-7-48そして、ビルフォールは、胸に天国を抱きしめながら室のなかから出て行った。

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引用者：2016/6/6　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書