６（５）サン・メラン嬢ルネ

1-6-5-1「といってほかにしかたがないですからね・・・・つまり一種の決闘（けっとう）ですな・・・・これまでにも、政治犯やその他の被告に、五度か六度か死刑の求刑をやりました・・・・そうしたわたくしに、いま、かげで何本の短刀（たんとう）がとがれており、いや、もう突きつけられていないとはたして誰に言えましょう？」。1-6-5-2「まあ！」。ルネの顔はだんだん暗くなっていった。1-6-5-3「まじめで言っておいでですの、ビルフォールさん？」。 1-6-5-4「大まじめですとも」と、ビルフォールは微笑を浮かべながらそれに答えた。1-6-5-5「お嬢さまとしては好奇心からお望みのそうした裁判、わたくしとしては自分の大望（たいもう）のため、ぜひ手がけたいと思っているそうした裁判、じつはそのため、事はますます深刻（しんこく）になります。1-6-5-6たとえば、敵にたいして盲目的（もうもくてき）に突進するように習慣づけられているナポレオンの兵士にしても、一発（いっぱつ）弾丸（だんがん）を撃つ場合、着剣（ちゃっけん）して突貫（とっかん）する場合、一々（いちいち）考えたりはしますまい。1-6-5-7自分自身の敵を殺すにあたって、まだ一度も会ったことのないロシヤ人、オーストリヤ人、或いはハンガリヤ人を殺す場合にくらべて、より以上考えたりするでしょうか？1-6-5-8それに、そうしなければならないのです。 1-6-5-9でなければ、わたくしたちの職業にしても、成り立たないというわけですから。1-6-5-10わたくしにしても、被告の目のなかに憤怒（ふんぬ）の焔（ほのお）の輝きわたるのを見てとりますと、たちまち勇気がわき起こり、昂奮（こうふん）させられてくるわけです。1-6-5-11裁判どころのさわぎでなく、それはまさしく格闘（かくとう）です。1-6-5-12わたくしと相手との戦いです。1-6-5-13切りこんで来る。1-6-5-14切りかえす。1-6-5-15そして格闘は、すべての格闘の場合と同じく、勝つか負（ま：敗）けるか、どちらか一つにきまっています。1-6-5-16これが訴訟（そしょう）というやつです！ 1-6-5-17危険（きけん）は人を雄弁（ゆうべん）にさせます。1-6-5-18わたくしの言葉を聞いて、被告がほほえむ。1-6-5-19するとわたくしは、下手（へた）なことをしゃべったな、自分の言葉は弱かったな、力がなかった、不じゅうぶんだった、と思わせられることでしょう。1-6-5-20それに反して、わたくしの雄弁の雷火（らいか）と、動かぬ証拠（しょこ）に圧倒されて、まっ青（さお）になった犯人を見ますと、被告の犯罪を確信している検事として、どれほど得意な気持でしょう。1-6-5-21被告の首ががっくりたれる。1-6-5-22やがて、その首が打ち落されるというわけです」。 1-6-5-23ルネは軽い叫び声をたてた。1-6-5-24「なかなかの雄弁じゃ」と、客の一人が言った。1-6-5-25「こうした時代に、いなくてはならぬ人ですな！」と、ほかの者が言った。1-6-5-26「そうなんですよ」と、第三の男が言った。1-6-5-27「ねえ、ビルフォールさん、先（せん）だっての事件のごとき、なかなかすばらしいものでしたな。1-6-5-28ほら、あの父親を殺した男。1-6-5-29彼は首斬り役人の手にかかる前に、すでにあなたに止（とど）めをさされたかたちでしたな」。 1-6-5-30「おお！親殺しなんか、」と、ルネは言った。1-6-5-31「そんな人たちにはどんな刑罰だって重すぎることはありませんわ。1-6-5-32でもあの気の毒な政治犯の人たちなんか！・・・・」。1-6-5-33「それはもっと悪質ですよ。1-6-5-34なぜかと言えば、王さまは国民の父ですから。1-6-5-35王さまをひっくり返そうとしたり殺そうとしたりするというのは、とりもなおさず三千二百万の人を殺すことになるのですから」。 1-6-5-36「おお、そんなことはどちらでもけっこう、ビルフォールさん、」と、ルネが言った。1-6-5-37「あなた、わたくしのお願いする人たちについては寛大（かんだい）にするってお約束してくださいまして？」。1-6-5-38「御安心ください」と、ビルフォールは、このうえなく優しい微笑をみせながら言った。1-6-5-39「論告（ろんこく）は、二人（ふたり）で作ることにしましょうよ」。

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引用者：2016/6/6　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書