６（３）王党ド・ビルフォール

1-6-3-1「奥さま、」と、ビルフォールは答えた。1-6-3-2「わたくしもお嬢さまと御いっしょに、どうか過去のことはお忘れくださるようにと謹（つつし）んでお願いいたしましょう。1-6-3-3神さまの思召（おぼしめ）しをもってしても、どうにもならないことなのです。1-6-3-4いまさらなんにもおっしゃいますな。1-6-3-5神さまは、未来をお変えになることはできます。1-6-3-6でも、過去については、形をお変えにさえもなれません。1-6-3-7わたくしたちに、過去を否定することができないとしたら、せめてその上にベールだけでもかけましょう。 1-6-3-8さてわたくしは、父の意見ともずっとちがっていますし、父の名からもすっかり離れてしまっております。1-6-3-9父はボナパルト党でありましたし、おそらくはいまもボナパルト党でありましょう。1-6-3-10そして、ノワルティエを名のっております。1-6-3-11ところが、わたくしは王党で、ド・ビルフォールを名のっております。1-6-3-12革命の血潮（ちしお）の名残（なご）りは、どうかその古い幹（みき）のなかに滅びさせておいて下さい。1-6-3-13そして、その幹からぜんぜん離れてきることができず、或いは離れたくないとも思っている一つの新芽が、けっきょくその幹から離れてしまっている事実をお認めいただきたいと思うのです」。 1-6-3-14「ビルフォール君、上出来、上出来」と、侯爵が言った。1-6-3-15「これはりっぱな御挨拶じゃ！1-6-3-16わたしも家内（かない）に、過去のことは忘れるようにといつも教えているのですが、いつも聞いてもらえませんでね。1-6-3-17あなたのおっしゃることだけは、どうか聞いてほしいと思いますよ」。1-6-3-18「承知しました」と、侯爵夫人は言った。1-6-3-19「過去のことは忘れましょう。1-6-3-20忘れられたらそれに越したことはありませんから。1-6-3-21お約束しました。 1-6-3-22ところで今後、将来のことについては、どうかしっかりしてくださらなければ。1-6-3-23ビルフォールさん、お忘れになってはこまりますよ。1-6-3-24わたくしたちは、王さまにたいして、あなたのことを責任をもつと申しあげておいたんですから。1-6-3-25そして王さまも、わたくしたちの口添（くちぞ）えをお聞きになって（こう言いながら夫人は彼のほうへ手を差し出した）いまわたくしが、あなたからのお頼みどおり忘れてあげたのとおなじように、すっかり忘れてくださいました。 1-6-3-26そのかわり、もしもあなたが陰謀を企てる者をお捕まえだったときには、あなたのお家（うち）が陰謀家たちと関係がありそうに見られているだけ、ことさら目をつけられていることに御注意なさることが必要ですわ」。 1-6-3-27「不幸にして奥さま、」とビルフォールは言った。1-6-3-28「わたくしの職業、それにとりわけけいまの時代は、わたくしにたいして峻厳（しゅんげん）なれと命じております。1-6-3-29わたくしもそうするつもりでおります。1-6-3-30これまでにも、いろいろ処理しなければならない政治的な告訴（こくそ）を受けました。1-6-3-31そして、それによって身のあかしを立てることができました。1-6-3-32だが不幸にして、問題はまだこれからだと思っております」。 1-6-3-33「そうお思いになりまして？」と、侯爵夫人が言った。1-6-3-34「わたくしは恐れているのですが、エルバ島のナポレオンは、とりもなおさずフランスとは目と鼻の間にいるわけです。1-6-3-35フランスの岸からつい目のさきにいるということが、その同士たちに希望を抱かせているわけです。1-6-3-36マルセイユは休職将校でいっぱいです。1-6-3-37そして、毎日毎日、なんでもないことを言いがかりにして、王党の者たちに喧嘩（けんか）を吹っかけている始末（しまつ）です。1-6-3-38そんなことから、上流の人たちの間では決闘沙汰（けっとう・ざた）、しもざまの間では闇討ちなんていうことがはやっております」。

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引用者：2016/6/6　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書