５（６）ボナパルト党員の嫌疑

1-5-6-1メルセデスと老人とは、船主を迎えに走り出し、戸口のところで行きあった。1-5-6-2モレル氏はきわめて悪い顔色（かおいろ）をしていた。1-5-6-3「どうでした？」。みんなは異口同音（いくどうおん）に声をかけた。1-5-6-4「それがだ、諸君！」。船主は首を振りながら答えた。1-5-6-5「事は諸君の考えている以上に重大（じゅうだい）なのだ」。1-5-6-6「おお。あなた」と、メルセデスが叫んだ。1-5-6-7「あの方（かた）は『むじつ』です！」。1-5-6-8「わしもそう思う」と、モレル氏が答えた。1-5-6-9「だがあれは告発されているんだ・・・・」。1-5-6-10「それはまたなんのためです？」と、老人がたずねた。 1-5-6-11「ボナパルト方（がた）の一人（ひとり）ということなのだ」。1-5-6-12この話の当時を知っておられる読者諸君のうちの或る方々（かたがた）は、いまモレル氏の口を洩れたような告訴が、当時いかに恐ろしいものであったかを思い出されることだろう。1-5-6-13メルセデスは声をたてた。1-5-6-14老人は、椅子にがっくり腰を落した。 1-5-6-15「おお！」と、カドルッスは言った。1-5-6-16「ダングラール、騙（欺：だま）したな。1-5-6-17『じょうだん』から駒（こま）が出たんだ。1-5-6-18が、なにしろおれは、この老人と娘との苦しんでいるのを見殺しにはできない。1-5-6-19おれはすっかり『ばら』しちまうぞ」。1-5-6-20「黙れ！」。ダングラールは、カドルッスの手を掴（つか）みながら叫んだ。1-5-6-21「でないと、きさまの安全もうけ合わねえから。1-5-6-22ダンテスがほんとに罪を犯さなかったと誰に言える！1-5-6-23船はエルバ島（とう）に着いた。1-5-6-24ダンテスは島（しま）におりた。1-5-6-25そしてポルト・フェライヨに、まる一日いたんだ。1-5-6-26もしもあいつが、何かあぶない手紙でも持っていたのが見つかりでもしたら、肩をもつ者までがとうぜん仲間と思われるぞ」。 1-5-6-27カドルッスはすばやい利己主義（りこしゅぎ）の本能で、これにも一理（いちり）あることを見て取った。1-5-6-28彼は、恐怖と苦痛とに『ぼんやり』した目をあげて、ダングラールの顔をながめていた。1-5-6-29そして、折角（せっかく）一足（ひとあし）前に踏み出したのに、今度（こんど）は二足（ふたあし）うしろへさがった。1-5-6-30そして「それではようすを見ることにするか」とつぶやいた。1-5-6-31「そうだ、ようすをみるんだ」と、ダングラールが言った。1-5-6-32「もし無罪ときまったら、釈放（しゃくほう）されるにちがいない。1-5-6-33有罪（ゆうざい）だったら、とんだ謀叛（むほん）人（にん）に加担（かたん）して、自分の身まであやうくするにはあたるまい」。 1-5-6-34「それでは行こうや。1-5-6-35この上ここにはいたくねえから」。1-5-6-36「そうだ、行こう」」。ダングラールは、ひきあげる相手のできたことを嬉（うれ）しく思った。1-5-6-37「行こうや。1-5-6-38みんなは勝手（かって）に引きあげさせて」。1-5-6-39みんなも、いよいよ引きあげることになった。 1-5-6-40フェルナンは、ふたたび娘の手に頼られることになり、彼女の手をとってカタロニヤ村へ連れて帰った。1-5-6-41ダンテスの友だちたちは、もうほとんど気を失っている老人を、メイランの小径（こみち）づたいに連れて帰った。1-5-6-42やがて、町には、ダンテスがボナパルト党員として逮捕されたという噂（うわさ）が広まった。1-5-6-43「いったいそんなことが信じられるかね、ダングラール君？」。1-5-6-44モレル氏は、会計係のダングラールとカドルッスに追いつきながらこういった。 1-5-6-45彼は、エドモンのことについて、ちょっと知りあいの仲である検事代理ビルフォール氏からなにか直接聞き出したいと思って、大急ぎで町へ出かけてゆくところだった。1-5-6-46「いったいそんなことが信じられるかね？」。1-5-6-47「ええ！」と、ダングラールは答えた。1-5-6-48「わたしはダンテスがなんの理由もなくエルバ島に碇泊（ていはく）したと申しあげました。1-5-6-49じつは、あの碇泊がちょっと怪しいと思いましたよ」。1-5-6-50「そういった疑いを、君はわたし以外の者の耳に入れたことがあるかね？」。 1-5-6-51「誰がそんなことをするものですか」と、ダングラールは声をひそめて言った。1-5-6-52「ねえ、あなたはナポレオンの部下でいらっした伯父（おじ）さま、あのなんでも思ったとおりを明けすけにお話になるポリカル・モレルさんのおかげで、いまでもナポレオンに未練がおありのように思われておいでになります。1-5-6-53わたしとしては、エドモンの不為（ふため）になるようなことも、また、あなたの不為になるようなことも、したいなんて思いますまい。1-5-6-54部下に立つものの義務として、船主さんにはお耳に入れても、ほかの者には、絶対秘密にしなければならないことがあるのですから」。 1-5-6-55「よし、ダングラール！よし！」と、船主は言った。1-5-6-56「君はいい男だ。1-5-6-57そんなわけで、わたしは、あのダンテスをファラオン号の船長にするような場合、まず第一に君のことを考えたんだ」。

次へ

引用者：2016/6/5　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書