５（７）ダングラール船長殿

1-5-7-1「とおっしゃいますと？」。1-5-7-2「そう、わたしははじめダンテスに、君のことをどう思っているかと聞いたのだ。1-5-7-3そして、君をいままでのままの位置におくのが厭（いや）ではないかとたずねてやった。1-5-7-4というのは、わたしには、なぜとはっきりわからなかったが、君たち二人のあいだが冷たいように思われたんでね」。 1-5-7-5「で、あの男はなんとお答えしました？」。1-5-7-6「事情については言わなかったが、君に対してなにか面白くないことをした、だが船主の信頼を受けている人であるかぎり、自分もその人を信頼しますという返事だった」。1-5-7-7「偽善者（ぎぜんしゃ）め！」と、ダングラールは口のなかでつぶやいた。 1-5-7-8「かわいそうなダンテス！」と、カドルッスが言った。1-5-7-9「それだけでも、りっぱな男だったとがわかるんだ」。1-5-7-10「そうなんだ。1-5-7-11ところで、」と、モレル氏は言った。1-5-7-12「さし当ってファラオン号には船長がいない」。1-5-7-13「なあに！」と、ダングラールが言った。1-5-7-14「希望をおもちになるんですな。1-5-7-15なにしろ三ヶ月しなければ出帆（しゅっぱん）できないことですし。1-5-7-16それまでにはダンテス君も釈放されることでしょう」。 1-5-7-17「もちろんだ。だがそれまでをどうするかね？」。1-5-7-18「それまでのことならわたしがおります」と、ダングラールが言った。1-5-7-19「御承知のように、そんじょそこらの遠洋航海の船長ぐらいにはやってのけます。1-5-7-20このわたしをお使いくださいましたら、御便利な点もありましょう。1-5-7-21エドモンが釈放されたあかつき、あなたは誰にも礼をおっしゃらないですみましょうから。1-5-7-22ダンテスは、そのまま自分の位置につく。1-5-7-23そして、わたしはわたしで元のわたしの位置につく。1-5-7-24それですべて片づきましょう」。 1-5-7-25「ありがとう、ダングラール君」と、船主は言った。1-5-7-26「それで万事（ばんじ）うまく片づくわけだ。1-5-7-27では、君に指図（さしず）をたのむとしよう。1-5-7-28わたしがそれをゆるすから。1-5-7-29そして、つみおろしの監督をやってもらおう。1-5-7-30乗組員にどんなことが起こっても、それが仕事に影響してはならない」。1-5-7-31「御安心ください。1-5-7-32ところで、エドモンとは、せめて面会ぐらいできましょうか？」。 1-5-7-33「それはあとから知らせよう。1-5-7-34ビルフォールさんにお話して、ダンテスのためによろしく取りはからっていただくつもりだ。1-5-7-35あの人は『こり』かたまった王党だ。1-5-7-36だが、かまうものかね！1-5-7-37王党にしたって、それに王さまの検事代理であったにしたって、人間（にんげん）であることにかわりはない。1-5-7-38悪い人ではないと思うよ」。1-5-7-39「それはそうでしょう」と、ダングラールは言った。1-5-7-40「でも、あれでなかなかの野心家（やしんか）だということを聞いています。1-5-7-41それとこれとはかなり似通（にかよ：似寄）ったものでしてね」。 1-5-7-42「ともかく、」と、モレル氏は溜息をついた。1-5-7-43「ようすを見るとしよう。1-5-7-44船へ行ってもらおうか。1-5-7-45わたしも後から行くことにするから」。1-5-7-46こう言いながら、二人の男に別れた彼は、裁判所への道をたどって行った。1-5-7-47「そら、」と、ダングラールはカドルッスに言った。1-5-7-48「事はこうしたことになった。1-5-7-49これでもダンテスを弁護しようと思うのかね？」。 1-5-7-50「いや。1-5-7-51だが、『じょうだん』からこんなことが起こるなんて、なんとも恐ろしい世の中だな」。1-5-7-52「へん！誰がやったことなんだ。1-5-7-53お前でもおれでもありはしないさ。1-5-7-54そうじゃないか、フェルナンの仕業（しわざ）だ。1-5-7-55お前も知ってるように、おれは紙片（しへん）を捨てたんだ。1-5-7-56しかも、たしか破（やぶ）いておいたと思うんだ」。 1-5-7-57「ちがう」と、カドルッスが言った。1-5-7-58「おれはたしかに覚えている。1-5-7-59あれは『あずまや』の隅（すみ）のところに、揉（も）みくしゃにして丸めて捨てただけなんだ。1-5-7-60いまでもあるにちがいない！」。1-5-7-61「それがどうした？それをフェルナンが拾（ひろ）ったんだ。1-5-7-62そして、それを写すか写させるかしたんだ。1-5-7-63いや、フェルナンは、そんな手数もかけなかったかもしれない。1-5-7-64ひょっとすると・・・・おれの書いたままの手紙を出してしまったかもしれやしない！1-5-7-65いいあんばいに書体（しょたい）はちゃんと変えておいたが」。 1-5-7-66「だが、ダンテスが陰謀（いんぼう）を企（くわだ）てたことを知ってたのかい？」。1-5-7-67「おれかい、おれはなんにも知りゃしない。1-5-7-68さっきも言ったが、ほんの『じょうだん』のつもりだった。1-5-7-69それだけなんだ。1-5-7-70つまりは、道化師（どうけし）といったように、笑いのかげにい真実を語ったとでもいったところか」。1-5-7-71「どっちにしても同じことさ」と、カドルッスは言った。1-5-7-72「なんにしても、こんなことが起こらないよう、でないにしてもこんなことに少しでもかかり合いにならないように、まあできるだけのことをしておくんだな。1-5-7-73おれたちにも、とんだ災難がふりかかることになるだろうぜ、ダングラール！」。 1-5-7-74「災難がかかるとしたら、それは当の犯人にかかるだけだ。1-5-7-75そして、当の犯人はフェルナンだ。1-5-7-76おれたちなんかじゃありはしねえ。1-5-7-77おれたちに、なんの災難のかかりようがあるんだ？1-5-7-78おれたちは一言（ひとこと）も言わずに、じっとおとなしくしてりゃいいんだ。1-5-7-79そうしたら、雷（かみなり）なんか落っことさないで、嵐は通っていってしまわあ」。 1-5-7-80「アーメン！」。カドルッスはこう言いながらダングラールにちょっと別れの合図（あいず）をすると、屈託（くったく）ごとのある人たちがするように、頭を振りふり、なにか独（ひと）り言（ごと）をいいながら、メーラン路（じ）をさして歩いて行った。1-5-7-81「よし！」と、ダングラールが言った。1-5-7-82「これで万事（ばんじ）思う壺（つぼ）にはまってきたぞ。1-5-7-83さし当っては船長代理になったわけだ。1-5-7-84これであのカドルッスのばかがなにか言いさえしなかったら、正真正銘（しょうしんしょうめい）の船長さんになれるわけだ。 1-5-7-85さて、あとは裁判長がダンテスを釈放したときの問題だ。1-5-7-86だが、」。彼は微笑を浮かべながらつけ加えた。1-5-7-87「裁判は裁判、万事裁判を信用しようや」。1-5-7-88こう言い終わると、彼は小舟に飛び乗って、ファラオン号へ行くように船頭（せんどう）に命じた。1-5-7-89さっきの話にもあったように、そこで船主と落ちあう約束になっていたのだ。

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引用者：2016/6/4　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書