５（４）あなたを逮捕する

1-5-4-1不安は今や恐怖へ変わった。1-5-4-2「どうしたのです？」。船主は、平素（へいそ）知りあいの警官のほうへ歩み寄ってこうたずねた。1-5-4-3「何か間違いでしょうな」。1-5-4-4「間違いであるとしたら、モレルさん」と、警部は答えた。1-5-4-5「それはすぐに明らかにされるにちがいありません。1-5-4-6ただわたしは逮捕状（たいほじょう）を持ってきました。1-5-4-7役目（やくめ）がら残念とは思いますが、といって役目を果さぬわけにはいきません。1-5-4-8どなたですか、エドモン・ダンテスさんといわれるのは？」。1-5-4-9一同の目は青年の上にそそがれた。1-5-4-10彼はひどく驚きながらも、なお気位（きぐらい）を落さないで一足（ひとあし）前へ進んで言った。 1-5-4-11「わたしです。1-5-4-12御用（ごよう）向きはなんでしょうか？」。1-5-4-13「エドモン・ダンテス」と、警部は言った。1-5-4-14「法律の名により本官（ほんかん）はあなたを逮捕します！」。1-5-4-15「逮捕なさる！」。エドモンは軽く顔いろを変えながらそう言った。1-5-4-16「どういう理由で逮捕なさるのです？」。1-5-4-17「それは知りません。1-5-4-18第一回の訊問（じんもん：裁判官・警察官などが、取調べのため口頭で問いただすこと）でわかりましょう」。1-5-4-19モレル氏は、事情動かし難いものである以上、抗弁（こうべん）も無益であると見てとった。1-5-4-20飾帯（しょくたい）をつけた警察官、それはもはや人間ではないのだ。 1-5-4-21冷たい、耳もここえず口もきかない法律の土偶（どぐう：つち人形）にほかならないから。1-5-4-22これに反して老人は、警官のほうへ走りよった。1-5-4-23父なり母なりの気持として、なんとしてもなっとくできなかった。1-5-4-24老人は歎願（たんがん）に歎願を重ねた。1-5-4-25だが、涙も願いもなんの役にもたたなかった。1-5-4-26しかし、父親の絶望を見てはさすが、警官も同情せずにはいられなかった。1-5-4-27「御老人、」と、彼は言った。1-5-4-28「お落ちつきになってください。1-5-4-29たぶん御子息（ご・しそく）は、税関か或いは検疫の手続きをお忘れになったのでしょう。1-5-4-30十中八九（じゅっちゅう・はっく）、御子息から必要なだけの申し立てがあり次第（しだい）、すぐに釈放（しゃくほう）しておもらえになれるでしょう」。 1-5-4-31「これはいったいどうしたわけだ？」。カドルッスは、眉（まゆ）をひそめながら、驚いたふうをしているダングラールに問いかけた。1-5-4-32「おれの知ったことかい？」と、ダングラールが言った。1-5-4-33「おれもお前と変わりはないさ。1-5-4-34こんなことが振って湧いたりして、何が何だかわからずにいるんだ。1-5-4-35呆（あき）れているんだ」。1-5-4-36カドルッスは、目でフェルナンの姿を求めた。1-5-4-37だが、早くも彼は姿を消していた。 1-5-4-38いまカドルッスは、昨日のことをおそろしいほどはっきり思い出していた。1-5-4-39こうしたできごとが起こったため、昨日の酔（よ）いの結果、自分と自分の記憶との間に張られていたベールが、たちまちむしりさられたかのようだった。1-5-4-40「やあ、やあ！」と、彼は太い声で言った。1-5-4-41「ダングラール君、君たちが話していたいたずらの結果がこれなんだな？1-5-4-42こんなことを仕組（しく）んだ『やつ』は呪われなけれならないやつらだ。1-5-4-43『いたずら』にしても度が過ぎるぞ」。1-5-4-44「とんでもない！」と、ダングラールが叫んだ。 1-5-4-45「おれが紙を破いたのは、お前もちゃんと見てたじゃねえか」。1-5-4-46「ところが破きはしなかったんだ」と、カドルッスが言った。1-5-4-47「隅（すみ）のほうへ捨てたばかりだ」。1-5-4-48「黙れ。1-5-4-49見とどけたんでもないくせに！1-5-4-50お前あのとき酔ってたぞ」。1-5-4-51「フェルナンはどこにいる？」と、カドルッスがたずねた。1-5-4-52「そんなことを知るもんか」と、ダングラールが答えた。1-5-4-53「何か用でもあったんだろう。1-5-4-54だがそんなことより、気の毒な人たちの力になってやらなくちゃあ」。 1-5-4-55なるほどこうした話のかわされている間に、ダンテスは微笑を浮かべながら友だちのすべてと握手をかわし、1-5-4-56「安心してくれたまえ。1-5-4-57間違いだったことがすぐにわかるにちがいないから、そして、おそらく監獄へは行かずにすむだろうから」。1-5-4-58こう言いながら、彼は進んで縄を受けた。1-5-4-59「あたりまえだ。1-5-4-60おれがはっきりうけ合うさ」。1-5-4-61ちょうどそのとき、ついいましがた語ったように、みんなのほうへ近づいて来たダングラールが言った。

次へ

引用者：2016/6/5　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書