５（１）ラ・レゼルブ亭

1-5-1-1その翌日は快晴だった。1-5-1-2太陽は澄みわたってキラキラ輝きながら空に昇り、真紅（しんく）の日ざしは、まず泡（あわ）だった波頭（はとう）をルビーの光でちりばめた。1-5-1-3宴席は、あの同じラ・レゼルブ亭の二階に準備されていた。1-5-1-4そこの『あずまや』とは、すでにわれわれも近づきの仲だ。1-5-1-5室は、五つ（いつつ）六つ（むっつ）の窓から光線をとった大広間で、その一つ一つの窓の上には（これはまたなんとした思いつき！）フランスの大都会の名が記（しる）されていた。1-5-1-6この家の他の部分と同じように、こうした窓々には木でできた欄干（らんかん）がついていた。 1-5-1-7食事は正午（しょうご）ということだったが、もう朝の十一時から、待ちきれなくなった人たちが、その欄干のところにたかっていた。1-5-1-8それは、休みの取れたファラオン号の船員とか、ダンテスの友だちである幾人かの兵士たちだった。1-5-1-9皆がみな、許婚の二人に敬意を表するためとあって、一張羅（いっちょうら）の装（よそお）いをこらしていた。1-5-1-10もうじき客になるこれらの人々の間に、ファラオン号の船主も、この一等運転士の許婚式（いいなずけしき）の宴（うたげ）に出席するそうだという噂が伝えられた。1-5-1-11これは、船主がダンテスに与えるきわめて大きな名誉で、みんなには、それが信じられないほどだった。 1-5-1-12だが、カドルッスといっしょにやってきたダングラールは、その噂がたしかであることを証明した。1-5-1-13彼はその朝モレル氏に会ってきたが、モレル氏は、ラ・レゼルブ亭の午餐（ごさん：昼の食事）にやってくると言っていたということだった。1-5-1-14なるほど彼らがきて間もなく、モレル氏は室に姿をあらわして、ファラオン号の水夫（すいふ）たちから、一斉（いっせい）の拍手（はくしゅ）と歓呼の声とに迎えられた。1-5-1-15船主が出席したということ、それは彼らにとって、ダンテスが船長に任命されるだろうといういままでの噂を裏書（うらがき）したものだった。1-5-1-16ダンテスは、船のみんなからかわいがられていたので、一同は、船主の『めがね』が自分たちの希望と偶然（ぐうぜん）一致したことをうれしく思っていた。 1-5-1-17モレル氏がはいって来るなり、みんなは異口同音（いくどうおん）に、ダングラールとカドルッスとに花婿のところへ行ってもらおうと言い出した。1-5-1-18つまり二人に、これほど壮（さか）んな感激を引き起こした重要な人物の到着を花婿に知らせ、早くくるようにと急（せ）きたてる役を仰せつけたというわけだった。1-5-1-19ダングラールとカドルッスとは、走りながら出ていった。1-5-1-20だが、まだ百歩（ひゃっぽ）も行かないうち、あの火薬庫の前のあたりで、こなたを指（さ）してやってくる、小さな一隊のかげを認めた。 1-5-1-21この小さな一隊にあっては、メルセデスの友だちであるカタロニヤ村の若い四人の娘が花嫁の後にしたがい、そして彼女にはエドモンが腕をかしていた。1-5-1-22花嫁のそばにはダンテスの父親がつき添い、彼らのうしろからは、悪意のこもったほほえみを浮かべながらフェルナンがつき従っていた。1-5-1-23メルセデスもダンテスも、このフェルナンの悪意のこもった微笑には気がつかなかった。1-5-1-24二人はいかにも幸福なので、ただ、自分たち二人と、自分たちを祝福していてくれるこの澄みわたった美しい空よりほかに、なにひとつ目にはいらなかった。1-5-1-25ダングラールとカドルッスとは見事に使者（ししゃ）の役目（やくめ）をはたした。1-5-1-26そしてエドモンと、力づよい親愛な握手（あくしゅ）をかわしたあとで、ダングラールはフェルナンの隣に、カドルッスは、一般の注意の中心になっているダンテス老人の隣りに、おのおのその列に加わった。 ---ダンテス老 1-5-1-27老人はりっぱな、細筋のはいった薄琥珀（うす・こはく）の着物をつけていた。1-5-1-28それを飾るものは、表面が切子（きりこ）になった、大きなはがねのボタン。1-5-1-29かぼそい、だが力のこもった両脚（りょうあし）には、細かい星を刺繍（しじゅう）にしたすばらしい木綿（もめん）の靴下、一目でイギリスからの密輸入品とわかる靴下をはいていた。1-5-1-30三方（さんぽう）に『つの』の出た帽子からは、白青（しらあお）のリボンの房（ふさ）がさがっていた。1-5-1-31彼は、よじれくねって、上の方が昔のペドム（昔ローマにあって、田園を司る神々の表象として与えられていた杖）のように曲がっている一本の木の杖に身をもたせていた。1-5-1-32それはちょうど、１７９６年、ふたたび開かれたリュクサンブールとチュイルリーの苑（えん）をさんざめかして歩いている貴公子（きこうし）の一人とでもいうようだった。 デジタル大辞泉 - 白青の用語解説 - １ 染め色の名。白みを帯びた青。 1-5-1-33老人のそばには、さっきも言ったとおり、カドルッスがこっそり割りこんでいた。1-5-1-34カドルッスは、りっぱな御馳走（ごちそう）にありつけると思ってダンテスと仲直（なかなお）りをしたのだったが、頭のなかには、ちょうど朝になって、眠っていた間の夢の名残り（なごり）とでもいったように、昨日の記憶がぼんやり残っていたのだった。 1-5-1-35ダングラールはフェルナンのそばへよると、この気抜けのしたような色男（いろおとこ）をじっと見つめた。1-5-1-36フェルナンは、二人の許婚者のうしろから歩いていたが、若くうれしい恋ごころの利己心（りこしん）から、エドモンのことだけしか目にははいらないメルセデスに、すっかり閑却（かんきゃく）されたかたちだった。1-5-1-37フェルナンは、青白い顔色をして、思い出したように赤くなりながら、それからまた前より一そう青ざめた青を見せていた。1-5-1-38彼はときどきマルセイユのほうをながめていた。1-5-1-39すると、われにもあらぬ神経的な身顫い（みぶるい）に彼は五体をわななかせた。1-5-1-40何か大事件の起こるのを待っているとでもいったようす、少なくもそれを予想しているようなようすだった。 1-5-1-41ダンテスはかんたんな服装をしていた。1-5-1-42商船の乗組員である彼は、軍服（ぐんぷく）と平服（へいふく）の中間（ちゅうかん）といった服装をしていた。1-5-1-43そして、そうした服装をした立派な彼の顔立ちは、花嫁の喜びと美しさでさらに一段ひき立てられて、一点難のつけようのないものだった。 1-5-1-44メルセデスのほうは、黒檀（こくたん）の眼差し、珊瑚（さんご）の唇（くちびる）をした、キプロスか、それともケオスのギリシャ人さながらの美しさだった。1-5-1-45彼女はアルルの女やアンダルーシヤの女たちのような、快活な、自由な足どりで歩いていた。1-5-1-46これが町の娘だったら、おそらくその喜びをベールのかげ、少なくもその『びろうど』の目蓋（まぶた）の下にかくそうとしたにちがいない。1-5-1-47だが、メルセデスは微笑を浮かべて、自分を取り巻くみんなのほうへ目を投げていた。1-5-1-48そして、その微笑も眼差しも、明らかに《もしあなたがたがわたしのお友だちでおいでなのなら、どうかわたしといっしょに喜んでください。1-5-1-49なぜって、わたしほんとに幸福なんですもの》、とでもいっているかのようだった。 1-5-1-50許婚者や、それに従う人たちがラ・レゼルブ亭から見えるところまでくると、モレル氏は店を出て、いままでいっしょにいた船乗りや兵士たち−−−かつてダンテスに言ったと同じように、いよいよダンテスをルクレール船長の後継（こうけい）にするという約束を話して聞かせた人たちを後に従え、自分も出迎えようと姿をあらわした。1-5-1-51彼の姿を見ると、エドモンは花嫁の腕を離して、彼女をモレル氏の腕に渡した。1-5-1-52船主と少女とは一同の前に立って、すでに午餐の準備のととのっている広間へ導く木の階段を上って行った。1-5-1-53階段は五分間（ごふん・かん）ばかりの間（あいだ）、重い来賓（らいひん）たちの足の下にきしみをたてた。 1-5-1-54「お父さま、」と、メルセデスは、テーブルの中央に立って言った。1-5-1-55「あなたはどうかわたしの右に、そしてわたしの左には、わたしのお兄さんになってくださった方に坐っていただきますわ」。1-5-1-56そのやさしい言葉は、さながら短剣（たんけん）のようにフェルナンの胸を深くえぐった。1-5-1-57彼の唇は青ざめた。1-5-1-58そして、その男らしい錆色（さびいろ）をした顔のかげには血の気（ちのけ）がだんだん薄らいで、それが心臓のほうへもどっていくのが見てとれた。1-5-1-59こうしたあいだに、ダンテスもまたおなじようにはからった。1-5-1-60自分の右にはモレル氏、左にはダングラールに坐ってもらった。1-5-1-61それから、手をあげて、みんなに自由に席についてもらうように合図をした。

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引用者：2016/6/4　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書
2016/8/18（ＵＰしていなかった）