４（４）告訴状の文面

1-4-4-1『検事閣下。1-4-4-2王室にたいして忠信、信仰にたいして誠実なる小生（しょうせい）は、ナポリ、ポルト・フェライヨに寄港し、今朝（けさ）スミルナより着したる帆船（はんせん）ファラオン号一等運転士（うんてんし）エドモン・ダンテスが、ミュラーより簒奪官（さんだつかん：ユジュルバトール：王党の人々がナポレオンに与えた名称）宛ての信書（しんしょ）の寄託（きたく）を受け、また簒奪者よりパリ・ボナパルト党本部宛ての信書を寄託せられたる事実をお知らせ申し上ぐるものに御座候（ござそうろう）。1-4-4-3彼の罪証は彼の逮捕によって判明いたすべく、その信書は当人自身、或（ある）いはその父の住所、或いはファラオン号船上の彼の居室において発見致さるることと存じ候』。 1-4-4-4「けっこう、けっこう」と、ダングラールは言葉を続けた。1-4-4-5「これで復讐（ふくしゅう）も気のきいたものになろうじゃないか。1-4-4-6なぜかといえば、それが君のところへ返ってくるおそれもなく、事は難なく運ばれて行くというわけなんだし。1-4-4-7それから手紙をこう畳（たた）んで、上に『検事殿』と書きさえすればそれでいいんだ。1-4-4-8それで万事（ばんじ）はできあがるんだ」。1-4-4-9そして、ダングラールは、筆跡（ひっせき）を変えながら宛名を書いた。 1-4-4-10「そうだ、それで万事はできあがりだ」と、カドルッスが叫んだ。1-4-4-11彼はいくらか残っていた最後の意識をふるい起こして手紙の読まれるのを聞いていたが、いま本能的（ほんのうてき）に、そうした告訴がどういう不幸を導いてくるか、はっきり心にさとっていた。1-4-4-12「そうだ、それで万事できあがるんだ。1-4-4-13だがな、それは一つの破廉恥（はれんち）なことだぞ」。1-4-4-14こう言いながら、彼は手紙を取ろうと腕を差し伸べた。1-4-4-15「ところで、」ダングラールは、その手の届かないところへ手紙を押しやりながら言った。 1-4-4-16「ところで、このおれが言ったり、したりしたことは、みんな『じょうだん』というわけなんだ。1-4-4-17第一にあのダンテス、あの親切なダンテスの身になにか起こりでもするようだったら、このおれはほんとうに堪（たま）らないから。それでこのとおり・・・・」。1-4-4-18彼は手紙を手に取ると、両手で揉（も）みくしゃにしたあとで、庭の片隅に投げすてた。1-4-4-19「上出来（じょうでき）、じょうでき」と、カドルッスが言った。 1-4-4-20「ダンテスはおれの友だちだ。あいつの身に障（さわ）るようなことはしないでほしいぞ」。1-4-4-21「いったいなにを考えてるんだ、障るようなことをするなんて！1-4-4-22おれにしたってフェルナンにしたって、なんでそんなことを考えるもんか？」。1-4-4-23ダングラールは、こう言いながら立ちあがった。1-4-4-24そして、椅子にかけたまま、横目づかいで、いましがた片隅に投げすてられた告訴状を一心（いっしん）に見ている青年のほうをながめやった。 1-4-4-25「よし、そんなら、」と、カドルッスが言った。1-4-4-26「酒を持ってこい。1-4-4-27おれはエドモンと『きりょうよし』のメルセデスの健康のために飲んでやるんだ」。1-4-4-28「飲みすけめ、もう厭（いや）っていうほど飲んだじゃないか」と、ダングラールは言った。1-4-4-29「このうえ飲んだら、立てなくなって、ここに泊（と）まることになるだろうぜ」。1-4-4-30「おれがか！」と、カドルッスは、酔漢（すいかん）特有のばかげた尊大（そんだい）さを見せながら立ちあがった。1-4-4-31「おれが立っていられないって？1-4-4-32賭（か）けをしてもいい、おれはアクールの鐘楼（しょうろう）にだってのぼって見せるぞ。1-4-4-33よろけたりなんかしないで！」。 1-4-4-34「よかろう」と、ダングラールが言った。1-4-4-35「賭けをしよう。1-4-4-36だがそれは明日（あす）だ。1-4-4-37今日（きょう）はそろそろ帰らなくっちゃあ。1-4-4-38さあ腕をかせ。1-4-4-39出かけようや」。1-4-4-40「よし帰ろう」と、カドルッスも言った。1-4-4-41「だが、腕なんか貸してほしくはないや。1-4-4-42フェルナン、こないか？1-4-4-43いっしょにマルセイユへ行こうじゃねえか」。1-4-4-44「よしましょう」と、フェルナンが言った。1-4-4-45「僕はカタロニヤ村へ帰りましょう」。 1-4-4-46「だめだ。いっしょにマルセイユへ行こうじゃないいか」。1-4-4-47「マルセイユに用はないんですから。1-4-4-48ちっとも行きたくないんです」。1-4-4-49「行きたくない？1-4-4-50よかろう、勝手（かって）にしろだ！1-4-4-51みんな勝手にするがいいんだ！1-4-4-52行こう、ダングラール。1-4-4-53この方（かた）はカタロニヤ村へ帰りたいっておっしゃってる。1-4-4-54お好きなようにおさせしようや」。 1-4-4-55こうカドルッスのほうから言い出したのを機会に、ダングラールは、彼をマルセイユのほうへ連れて帰りかけた。1-4-4-56そして、フェルナンのため、近い方（ほう）の路（みち）を与えてやるため、リーブ・ヌーブ河岸（かがん）から帰るかわりにサン・ビクトールの門を選んだ。1-4-4-57カドルッスは、ひょろひょろしながら、彼の腕にもたれてついて行った。 1-4-4-58二十歩（にじゅっぽ）ばかりも行ったころ、ダングラールは振り向いてみた。1-4-4-59すると、フェルナンが、紙片（しへん）のほうへ飛んで行き、それをポケットに入れたのが目にはいった。1-4-4-60青年は、棚（たな）のかげから飛び出すなり、ピヨンのほうへ曲って行った。1-4-4-61「おや、なにをしてるんだ？」と、カドルッスが言った。1-4-4-62「奴（やつ）、おれたちを騙（だま）したな、1-4-4-63さっきカタロニヤ村へ行くと言っていたが、町のほうへ行きやがった。1-4-4-64おうい、フェルナン！1-4-4-65ばかにするなよ」。 1-4-4-66「お前のほうがどうかしてるさ」と、ダングラールが言った。1-4-4-67「まっすぐビエイユ・ザンフィルムリーの方へ歩いて行かあね」。1-4-4-68「なるほどな！」と、カドルッスが言った。1-4-4-69「おれはまた右へ曲ったとばかし思っていた。1-4-4-70たしかに酒は曲者（くせもの）だな」。1-4-4-71「よし、よし」と、ダングラールはつぶやいた。1-4-4-72「これで仕事がうまく行ったぞ。1-4-4-73あとは成り行きを見ているだけだ」。

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引用者：2016/6/3　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義