４（１）フェルナンの希望

1-4-1-1ダングラールは、ダンテスとメルセデスがサン・ニコラの城砦の稜角のかげに姿をかくしてしまうまで、後を見送っていた。1-4-1-2ふり返ると、まだ真っ青な顔をして、椅子の上にふるえているフェルナンの姿が目にはいった。1-4-1-3一ぽう、カドルッスは、なにやら酒飲み歌の文句（もんく）をつぶやいていた。1-4-1-4「やれやれ！」と、ダングラールは、フェルナンに言った。1-4-1-5「どうもこの婚礼は、誰のためにも、あまり幸福なことにはならなそうだぞ」。 1-4-1-6「僕は絶望しているんです」と、フェルナンが言った。1-4-1-7「で、君はメルセデスが好きだったのか？」。1-4-1-8「大好きでした！」。1-4-1-9「よほど前から？」。1-4-1-10「二人が知りあいになったときから、僕はずっと好きだったんです」。1-4-1-11「それでいながら、なんの手も打とうとしないで、だだ頭を掻（か）きむしっているというわけなのか！1-4-1-12なんたるこった、君の国の人たちが、まさかそんなやり方をしようとは思わなかったな」。1-4-1-13「では、どうしろというんです？」とフェルナンがたずねた。 1-4-1-14「それをこのおれが知るもんかね。1-4-1-15なんのかかわりもないんだから。1-4-1-16メルセデスに思召（おぼしめ）しのあるのはおれではあるまい。1-4-1-17それは君（きみ）だよ。1-4-1-18聖書のなかにも言ってあらあ。1-4-1-19求めよ、さらば与えられん、って」。1-4-1-20「だが、もう与えられてしまったんです」。1-4-1-21「と言うと」。1-4-1-22「僕は男を刺し殺してやろうと思いました。1-4-1-23ところが女は、もし許婚に間違いがあったら、自分も死ぬって言ったんです」。1-4-1-24「ははぁ！そんなことは口には言えるさ、だが決してやれなぞするものかね」。 1-4-1-25「それは、メルセデスを知らないからのことですよ。1-4-1-26あの女は、おどし文句（もんく）を必ずやってのけますからね」。1-4-1-27「ばかな！」と、ダングラールはつぶやいた。1-4-1-28「女が自殺しようとしまいと、おれの知ったことじゃねえんだ。1-4-1-29ダンテスさえ船長にならなければ、それでいいんだ」。1-4-1-30そしてメルセデスが死ぬ前には、」と、フェルナンはゆるがぬ決心をみせた調子で言葉をつづけた。1-4-1-31「僕が死んでしまいます」。 1-4-1-32それこそ色恋（いろこい）というやつだな！」。1-4-1-33カドルッスはますます酔いのまわった声で言った。1-4-1-34「そうさ。そうこなければ、色恋がわからねえってことになるんだ！」。1-4-1-35「ねえ、」と、ダングラールが言った。1-4-1-36「君はずいぶんいい人らしい。1-4-1-37ひとつその苦しみから救ってやろうと思うんだが、ただし・・・・」。1-4-1-38「そうだ」と、カドルッスが言った。1-4-1-39「さあさあ初めたり」。 1-4-1-40「兄弟、」とダングラールが言った。1-4-1-41「お前、もういいかげん酔っぱらってるんだ。1-4-1-42瓶（びん）を空（あ）けろよ。1-4-1-43そうしたら心底（しんそこ）まで酔っぱらってしまえるだろうから。1-4-1-44飲めよ。1-4-1-45そしておれたちのやることに口出（くちだ）しするなよ。1-4-1-46おれたちのやることには、頭がはっきりしてなくちゃならないんだからな」。1-4-1-47「おれが酔ってる？」と、カドルッスが言った。1-4-1-48「『じょうだん』言うない！1-4-1-49こんな瓶（びん）ぐらい、たかがオー・ド・コロン（香水のこと）の瓶ほどもありゃしねえ、このあと四本も空けてみせらあ！1-4-1-50パンフィル爺さん、酒だ、酒だ！」。1-4-1-51そして、その言葉を証明するかのように、杯（さかずき）でテーブルの上を叩（たた）いた。 1-4-1-52「で、その話っていうのは？」1-4-1-53言葉のつづきを聞きたくてたまらなそうにフェルナンが言った。1-4-1-54「何を言いかけていたっけな？1-4-1-55思い出せない。1-4-1-56カドルッスの呑（の）んだくれ、すっかりはぐらかしてしまいやがった」。1-4-1-57「いくらだって飲んでみせらあ。1-4-1-58酒を怖がるやつは気の毒なやつらさ。1-4-1-59やつらは胸に悪心（あくしん）があるんで、酒を飲んでうっかり口をすべらすのを怖がってやがる」。1-4-1-60そしてカドルッスは、当時とてもはやっていた唄の、最後の二行を歌いはじめた。 1-4-1-61わるい奴らは水飲むやつよ 1-4-1-62水にやられたやつを見ろ。 （水とは旧約創世記にある大洪水。神、悪しき者を滅ぼすために大洪水を起させたという伝説）。

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引用者：2016/6/3　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義