３（６）パリに届け物

1-3-6-1「おうい！」と、カドルッスは半（なか）ば身を起こして、両の拳をテーブルの上に据えながら叫びつづけていた。1-3-6-2「おうい！エドモン！1-3-6-3友だちのいるのが見えないのか？1-3-6-4それとも『もう』おれたちとは話をしないというほど見識（けんしき）ぶっているわけかい？」。1-3-6-5「そうじゃありませんよ」と、ダンテスが答えた。1-3-6-6「何も見識ぶってなんかいませんよ。1-3-6-7ただ僕はうれしいんです。1-3-6-8うれしいっていうことは、見識ぶったりすることより『ずっと』人を盲（めくら）にさせてしまいますから」。 1-3-6-9「うめえ！そのとおり」と、カドルッスが言った。1-3-6-10「やあ、今日（こんにち）は、ダンテスの奥さん」。メルセデスはもっともらしく挨拶をした。1-3-6-11「わたし、そんな名前じゃありませんわ」と、彼女は言った。1-3-6-12「わたしの国では、許婚（いいなずけ）の人が自分の夫になるまでは、その許婚の名前で娘さんを呼ぶと、きっと悪いことが起こるって言ってますの。1-3-6-13どうかメルセデスって言ってちょうだい」。1-3-6-14「ゆるしてあげなくてはいけないよ。1-3-6-15カドルッスさんは、なんでもすぐ間違えておしまいなんだから」と、ダンテスが言った。 1-3-6-16「で御婚礼は近いうちかね、ダンテス君？」と、ダングラールは二人に挨拶しながら言った。1-3-6-17「できるだけ早くしたいと思っています。1-3-6-18今日（きょう）、約束を『おやじ』のところですませて、明日（あす）か遅くとも明後日（みょうごにち）、このラ・レゼルブ亭で許婚の晩餐（ばんさん）をやろうと思っています。1-3-6-19友だちにもきてもらおうと思っています。1-3-6-20ダングラールさん、そういうあなたも、ちゃんとおよびしてあるんですよ。1-3-6-21カドルッスさん、あなたもおよびしてあるんですよ」。 1-3-6-22「フェルナンはどうだね？」と、ニタニタ笑いながらカドルッスが言った。1-3-6-23「フェルナンもかい？」。1-3-6-24「わたしの家内（かない：妻のこと）の兄さんは、わたしにとっても兄さんですから」と、エドモンが答えた。1-3-6-25「こうしたときに、わたしたちから離れていってしまわれたんでは、メルセデスもわたしも、『しん』から残念に思うでしょうよ」。1-3-6-26フェルナンは、それに答えようとして口を開（あ）けた。1-3-6-27だが、言葉は咽喉（のど）でつまったまま、一言（ひとこと）も外へ出なかった。 1-3-6-28「今日約束ができて、明日か明後日は許婚の式・・・・やれやれ、船長さん、えらい急ぎ方というわけだね」。1-3-6-29「ダングラールさん、」と、ダンテスは微笑を浮かべながら答えた。1-3-6-30「わたしも、さっきカドルッスさんに言ったメルセデスのように言いたいんですよ。1-3-6-31まだそうなってもいない呼び方なんかなさらないでください。1-3-6-32悪いことが起こるといけませんから」。1-3-6-33「これは失礼」と、ダングラールが答えた。1-3-6-34「おれはただ、君がたいへん急いでいるということを言っただけさ。1-3-6-35なにしろ、じゅうぶん間があることだし。ファラオン号は、三ヶ月もしなければ航海に出ないんだから」。 1-3-6-36「幸福になるためには、誰しも急ぎたがるものなのですよ。1-3-6-37なぜって、長いこと苦しんだあとでは、幸福というものがなかなか信じられなくなっていますから。1-3-6-38もっとも、これはわたしの得手勝手（えてかって）からばかりではないんです。1-3-6-39じつは、パリへ行かなければならないんで」。 1-3-6-40「へえ、パリへ。1-3-6-41パリへ行くのは初めてかね？」。1-3-6-42「ええ」。1-3-6-43「なにか用事（ようじ）で？」。1-3-6-44「わたしのためではないんです。1-3-6-45ルクレール船長から最後に申しつかったことがあるんで。1-3-6-46わかっていただけますね、神聖な仕事ですから。1-3-6-47それに御心配は無用ですよ。1-3-6-48ちょっと行ってくるだけですから」。1-3-6-49「わかっているとも」と、ダングラールは高い声で言った。1-3-6-50それから低く、「パリへ行って、大元帥（だいげんすい）からの手紙を宛名の人に届けるってわけだな。 1-3-6-51ふん！その手紙で思いついた。1-3-6-52ひとつ名案が浮かんだぞ！1-3-6-53おい！ダンテス、お前はまだファラオン号の名簿の１号（船長の名前が書かれる）のところに名前が載るわけにはいかないんだぞ」。1-3-6-54それから彼は、ちょっと離れて立っているエドモンのほうを振り向くと、「では気をつけて行っておいでよ」と言った・1-3-6-55「ありがとう」。エドモンはそちらへ頭を振り向けながら、親しげな身ぶりでこれに答えた。1-3-6-56それから二人の恋人はたちは、まるで天へ昇ってゆく選ばれたものといったように、親しげに、そして落ちついたようすで、そのまま歩みをつづけて行った。

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引用者：2016/5/20　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義